2007年08月22日

〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜エピローグ

ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
 
「エピローグ」
 
 
 ―― KARIN View ――
 
 星空を見上げていた。ここのところ、こうやって、ぼーっと星空を見上げることが、私の日課になっていた。
 マツユキが消えてから数日。私の胸には、ポッカリと大きな穴が開いたままだ。突然、動かなくなったマツユキは、光とともに跡形も消えてしまった。
 ぬいぐるみのように、物質を媒体に使い魔を召還した場合、元となった媒体(マツユキの場合、羊のぬいぐるみ)は、残るはずなのだが……
 不思議なことに、マツユキは、何一つ残さず消えてしまった。
 
 コンコン
 
 ふいに、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい?」
 正史郎さんだろうか?
「こんばんは、姉さん」
 意外なことに、そこに立っていたのは、ナツメだった。
「珍しいわね。あなたから訪ねてくるなんて」
「ええ。まあ、調べ物の結果を伝えにきただけですよ」
 そう、ナツメは、苦笑いを浮かべた。
「あら。早かったわね。それじゃあ、聞かせて貰いましょうか」
 そう。マツユキが消えた理由……私は、ナツメに、調査を依頼していた。
 ナツメは、軽く頷くと、こう続けた。
「えっと。マツユキくんが消えた理由でしたね。えっと、姉さん。姉さんは、マツユキくんの召還、失敗しましたよね?」
「ええ。そうね。確かに、儀式は、暴走してしまった。でも、結局、何事も無かったじゃない」
「確かに、表面上は、何もありませんでしたが……でも、やっぱり、失敗していたんです」
「……もう……もったいぶらずに、教えなさいよ!」
 いつでも遠回しな言い方をするのは、ナツメの悪い癖だ。
「ああ。はいはい。ごめんなさい。えっとですね。媒体にしたぬいぐるみ、どんなぬいぐるみだったか、姉さん、覚えてます?」
「媒体にしたぬいぐるみ? ええ。マツユキの姿は、ずーっと見てきたわ。もちろん、覚えているわよ」
「いえいえ。マツユキくんではなくてですね。オリジナルの方です。そうですね……例えば、元のぬいぐるみ。メガネなんて、かけてましたっけ?」
「…………」
 メガネ……マツユキは、メガネをかけていた……でも、元の羊のぬいぐるみもそうだったかというと……
「うん……ナツメの言う通りかもしれない……でも、メガネの有無と、マツユキが消えたのと、何の関係があるの?」
「はい。要するに、マツユキくんは、紛れも無く、姉さんが、無から作り出した使い魔だったんです。元のぬいぐるみは、儀式の時に、どこかに吹き飛んでしまったのでしょう」
 突拍子もないナツメの言葉に、私は、しばし呆然とする。
「私が?」
「はい」
「無から?」
「そうです」
「えっと……」
 それって、確か、トリプルSクラスの魔法……というか、何が出てくるか、全く予想がつかないことから、どんなスピニアであろうと使用を禁止されている魔法だった気が……
「はい。姉さんの考えている通り。禁止魔法(ロストレシピ)です」
 ナツメは、低い声で言った。
「えっと……確か、禁止魔法を使ったスピニアは、家族諸共、懲役一万年……とかだった気が……」
 ちなみに、フィグラーレでいう懲役とは、トイレ掃除のことを指す。
「そうです! その通りですよ、姉さん! たまたまとはいえ、そんな大魔法を使いこなすなんて! しかも、あの年でですよ! いやー。ボクも、鼻が高いです! あははははは!」
 ナツメの乾いた笑い声が響き渡った。
「……あ……はははは……」
 とりあえず、私も、笑うしかなかった―
 
 やがて気を取り直した私は、
「ナツメ。ちなみに、このことを知っているのは……」
「はい。僕と姉さんだけです」
「……そう……それじゃあ、ナツメ、わかっているわね。マツユキのぬいぐるみは、私が、私にしか開けることの出来ない魔法の鍵をかけて大切に保管していることにするわ」
「ご心配なく。そういうことにしてあります」
 ナツメのこういった裏方処理の能力には、毎度感心させられる。
 そのとき、
 
 ゴソゴソ……
 
「……っ!!!」
 突然の物音に、私とナツメが同時に振り向いた。
「ひっ!!」
 そこにいたのは、自分の背丈ほどもある、大きな猫のぬいぐるみを抱いたすももだった。
 私たちが、ものすごい形相をしていたのだろう。すももは、お化けでも見るかのように、涙目になり、ぶるぶると震えている。
「ああ……ビックリした……すもも。こんなに遅い時間にどうしたの?」
 私が、「おいで」と手を伸ばすと、すももは、嬉しそうに抱きついてきた。私は、そんなすももの頭を、優しく撫でた。
 すると、安心したのか、すももが話し始める。
「うん……ユキちゃん、いなくなっちゃったから、少し寂しくて……ママ……今日だけでいいの。一緒に、寝てくれる?」
「…………」
 今日だけとはいうものの、実のところ、マツユキがいなくなってから、毎日だ。
 すると、すももの言葉に違和感を覚えたのだろう。ナツメが、口を挟んだ。
「……ユキちゃんって……姉さん?」
 ナツメの言いたいことは、わかる。そう。私は、すももの記憶を消すことを、ためらっているのだ。
「……確かに、自分の娘の記憶を消したくないという気持ちはわかりますが……」
「違うわ。ナツメ。私は、すももに、マツユキのことを忘れて欲しくないの……それだけよ……」
「姉さん……」
 すると、ナツメは、すももの前にしゃがみ込んだ。
「すももちゃん。マツユキくんのこと。好きかい?」
「うん。大好きだよ!」
 すももは、天使と呼ぶに相応しい、輝くような笑顔を見せる。
「すももちゃんは、マツユキくんのこと、忘れたりしない?」
「うん! 忘れないよ。だって、ユキちゃんは、大切なお友達だもん!!!」
 すももの答えを笑顔で聴き届けたナツメは、今度は、私の方に振り返る。
「姉さん。記憶を消す魔法の本質。ご存知ですよね? 人の記憶を消すことなど、誰にも出来ません。ただ、思い出すことが出来なくなるように、鍵をかけるだけ……すももちゃんは、マツユキくんのこと、忘れたりしません」
 ナツメは、そう、言い切った。
「それから……ねぇ、すももちゃん。さっきの僕と姉さんのお話し。いつから聴いていたのかな?」
「えっと……ナツメおじさんが、ママのお部屋に入っていった時から!」
 どうやら、すももは、初めから聴いていたようだ。
「と、いうことです。このままでは、僕や義兄さんだけでなく、すももちゃんも、懲役一万年になってしまいますよ?」
 ナツメのさわやかな微笑みが、今は、悪魔の嘲笑に見えた。
 私が、諦めの溜息を吐きかけたとき、さらに、ナツメが続けた。
「それから……」
「何? まだ、何かあるの?」
「はい。すももちゃんは、マツユキくんのことを、いずれ思い出します」
 ナツメは、怪しげな微笑を浮かべながら言った。
「……やけに、自信があるようね……何か、根拠でもあるの?」
「はい。僕の勘という根拠があります」
 このナツメという名の生物は、私をバカにしているのだろうか?
「大丈夫ですよ」
「……」
「絶対です!」
「………」
「信じれば、はっぴー?」
「はぁ…………」
 結局、自信はないようだ。
「いえいえ。姉さん。でも……」
 
 すももちゃんのこと、信じてみませんか?
 
 最後の言葉が、私の脳裏に焼きついた。
 私は、指輪をレードルの姿に変える。手品か何かと勘違いしたのだろう。すももが、「すごいすごい」とはしゃぎ出した。
「それじゃあ、すもも。目を閉じて……」
「うん……」
 すももは、何か、素敵なことが起こると期待しているのだろう。その無邪気な笑顔が、胸を締め付ける。
「ごめんね。すもも……」
 私は、すももの小さなおでこの上を、レードルの先で軽く撫でた。
 とたん、レードルの先から、光の粒が溢れ出す。一粒一粒が、桜の花びらのようにも見える。
「すごい……桜吹雪みたいだ……」
 ナツメが、珍しく感嘆の声を上げた。しかし、その光景は、呼吸すら忘れそうなほど、美しい光景だった。
 荒れ狂う光り中の、一際大きな花びらの姿が見えた。
 私は、その花びらを両手で受け止める。そっと手の平を広げると、マツユキの意地悪な微笑が浮かび上がり、消えていった。
「ママ……わたし……わすれない……よ……」
 腕の中で眠る、すももは、安らかな寝息を立て始めていた。
 
 
Fin
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目次

ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
  ・「プロローグ」
  ・第01回「ずっといっしょ……」
  ・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
  ・第03回「なでしこのことば」
  ・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
  ・第05回「ふたりのてのひら」
  ・第06回「ボクがきえるひ」
  ・第07回「にびいろのしずく」
  ・第08回「せいしろうとぼく」
  ・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
  ・「エピローグ」
  ・あとがき

冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
  ・「オー!ユッキー その3」
  ・「オー!ユッキー その2」
  ・「オー!ユッキー その1」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
  ・「ユキちゃんの一日」
  ・「ユキちゃんの一日 その2」
  ・「ユキちゃんの一日 その3」
  ・「ユキちゃんの一日 その4」
  ・「ユキちゃんの一日 その5」
  ・「ユキちゃんの一日 その6」

ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
  ・はじめに
  ・第01回「はじまり」
  ・第02回「たいへんたいへん」
  ・第03回「すもものムチャ」
  ・第04回「ふたりといっぴき」
  ・第05回「ほしのはな」
  ・第06回「すもものなみだ」
  ・第07回「りべんじ」
  ・第08回「ここはどこ?」
  ・第09回「ほしぞらのしたで……」
  ・第10回「さかないの?」
  ・第11回「みんなのねがい」
  ・最終回「キミにむけるほほえみ」
  ・あとがき