2007年08月22日
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第09話
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第09話「さくらいろのほしぞらのしたで」
―― KARIN View ――
気付くと、私は、自分のベッドの上で眠っていた。見上げると、正史郎さんが微笑みながら、私の寝顔を覗き込んでいた。
「起きたかい? カリンさん」
「うん……正史郎さん? ここまで運んでくれたの?」
「ええ。そうですよ」
「重かったでしょ?」
私が、悪戯っぽく尋ねると、
「いいえ。小鳥の羽のようでしたよ」
あっさりと流されてしまった。私は、そんな正史郎さんの穏やかさが好きだった。
そして、私は、もう一人の相棒の姿を捜して、辺りを見回した。
「正史郎さん。マツユキは?」
「マツユキくんですか? うーん。それは、私にはわかりません。答えを知っているのは、カリンさん。きっと、あなただけですよ」
「???」
謎かけのような正史郎さんの言葉に、私は、首を傾げる。
「ああ。そうそう。マツユキくんからの伝言です。カリンさんの机の上から3番目の引き出し。明日になったら、開けて欲しいといっていました」
そういって、正史郎さんは、部屋を出て行ってしまった。
時計を見ると、午後11時。日付が変わるまで、後1時間。
「あの馬鹿。勝手に消えるつもりね……」
私は、上から3番目の引き出しに手をかける。しかし、正史郎さんの言葉が頭を掠めた。
「答えを知っているのは、私だけ……か……」
私は、引き出しに伸ばしかけていた手を収めた。
「うん。わざわざ、確認する必要はない」
そう。私は、マツユキがどこにいるか、知っているのだから。
私は、そのまま部屋を出て階段を駆け降りた。すると、私の行動を見透かしたかのように、玄関の前には、正史郎さんが待っていた。
「私は、さっき……カリンさんが眠っている間にお別れを済ませました。だから……いってらっしゃい」
「……はい! いってきます!」
私は、正史郎さんに見送られながら、マツユキの元へと……桜色の星空の下へと駆け出した。
―― Matsuyuki View ――
「ふぅ……今、何時くらいだろう?」
ボクは、大きな桜の木の下に座り込んで星空を見上げていた。春の夜風は、時間が経つにつれて冷たさを増していく。しかし、そんな風を感じることが出来るのも後少しかと思うと、なんだか、とても尊いもののように感じられた。
ここは、星城学園。カリンとボクが、スピニアになるために一緒に過ごした場所。カリンと正史郎が恋をした場所。そして、ボクが生まれた場所……
ボクは、嬉しいこと、悲しいこと、何かあるたびに、決まってここに来ていた。そのときの思い出が、一つ一つ甦ってくる。
例えば……そうだな。星のしずくが温室に紛れ込んだとき、カリンが、屋根を吹き飛ばしてしまったこと。夜、学校に忍び込んだ時、当直の教師に見つかって、必死に逃げたこと。
「そういえば、あの噴水、直ったかな?」
レシピに浮かんだ言葉を、一文字間違えたことが原因で魔法が暴走し、校舎裏の噴水が、星のしずくが降ってきたときにだけ水が湧くという、よくわからない噴水に変わってしまうなどという事件もあった。
そんな失敗談に浸っていると、ボクの周りを、白く淡い光が包み始めた。少し早い気もするが、もう、お別れの時間なのだろうか?
「ナツメ……ボクたちを、たくさん助けてくれたよね。本当に、ありがとう」
「正史郎……カリンをよろしく」
「すもも……ずっと一緒か……嘘吐いて、ごめんね」
そして……
「カリン……」
ボクは、カリンへの言葉を探す。しかし、真っ白になった頭には、何一つ浮かばない。一番、言いたいことがあるはずの人だというのに……
ボクが言葉に詰まっていると、背後から、最も聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マツユキ、酷いわ。一番よくしてあげた私には、一言も無いの?」
「まさか。有り過ぎて、何をいえばいいのか、わからないだけだよ」
「あら? それは、皮肉かしら?」
カリンは、少し笑ってボクの方へと歩み寄る。そっと抱き締め、愛おしそうに、頭を撫でてくれた。そして……
ベシ!
最後に、頭を叩いた。
「うっ……」
「一人で消えるなんて……馬鹿なことしないの!」
「……うん……ごめんなさい」
ボクは、素直に謝ることにした。カリンが来てくれたこと。やっぱり、嬉しかったから。
「でも、そっか……正史郎、やっぱり、喋っちゃったんだね。引き出しの手紙のこと……」
こんなことになるような気もしていた。
「あらあら。『ボクたちは、この桜の木の下で出会った。だから、この桜の木の下で別れよう』なんてキザなこと言ったのは、どこのどなたさんだったかしら?」
そういって、カリンは、クスッと微笑んだ。そっか。自分でも忘れていたけれど、ボクが、迷わずここに来た理由。もしかしたら、それが、理由だったのかもしれない。
カリンは、ボクを抱いたまま、桜の木の根元に座り込んだ。
ボクらは、二人で空を仰ぐ。星の光と桜の花びらが混ざり合い、夜空が、桜色に輝き始めた。
ふと、ボクの頭に、温かいしずくが降り注ぎ始める。
「マツユキ……」
カリンは、小さく、ボクの名前を呼ぶ。
「カリン……」
いつの間にか、ボクの瞳にも、涙が浮かんでいた。その小さな雫に、カリンとの想い出の欠片が映し出される。こうなっては、ボクの涙は、止まることを知らない。だって、カリンとボクの想い出は……数え切れないほどあるのだから――
気付くと、カリンが、ボクを見下ろしていた。その顔に浮かぶのは…………これまでに見たことの無い、最高の笑顔だった。
その笑顔を見たとたん、ボクの想いが……心の奥底に鍵をかけて仕舞っていたはずの想いが溢れ出した。
ボクがカリンに言いたかった言葉……
ボクの初恋は、きっと、一目惚れだった。幸い、ボクは、その人の一番近くにいることが出来た。でも、誰よりも遠い存在だった。叶わぬ恋。口にしてはいけない恋。
そんなボクの気持ちを、知ってか知らずか、その人は、ボクのことを、とても大切にしてくれた。
でも、その人には、ボクより大切な人が出来た。だから、もう、ボクに振り向くことはない。
だったら、言ってもいいのかな?
ボクは、カリンの腕から離れ、30cm前に立つ。
そして、頑なに仕舞い込んできた気持ちを、言葉に乗せて、カリンに捧げた。
「……カリン……ボク、カリンのこと…………好きだ」
ボクは、カリンに、そう告げた。
「マツユキ! ずるいよ……そんなこと言われたら、私、何も言えなくなっちゃう!!」
「いいんだよ。カリン……カリンの気持ち、知っているから……」
すると、校門の方から、ボクたちを呼ぶ声が近づいてきた。
「姉さ〜ん! マツユキく〜ん!」
どこでボクらの居場所を知ったのか、ナツメが、こちらに駆け寄ってくる。その腕の中には、すももの姿も見える。
「? ママ?」
すももは、眠そうに目を擦りながら、瞳に映る母親の姿に、手を伸ばした。
「ナツメ? どうして……ここに?」
カリンは、ナツメから、すももを受け取ると、優しく頭を撫でた。
すももは、嬉しそうにその身をカリンに預けている。
「いやー。さっき、お義兄さんから、連絡がありまして。すももちゃんを、ここに連れてきて欲しいと」
「正史郎さんが……」
そっか、正史郎か……
ボクは、カリンの腕の中のすももを見上げた。
「すもも……」
ボクが、小さく呟くと、すももと目が合った。
「あ! ユキちゃん! もう、帰ってこれたの?」
すももは、まだ、ボクの作り話の中か……
「ああ。ごめんね。ちょっと、出発が遅れてて……これから、お出かけなんだ」
「そう……それじゃあ、早く帰ってきてね!」
すももの、ボクを待つという言葉が嬉しかった。そして、無邪気な笑顔が辛かった。
すると、カリンが、とんでもないことを言い出した。
「すもも……いい。マツユキはね……ユキちゃんは、もう、帰ってこないのよ……」
「え……」
ボクとナツメは、驚きを隠せなかった。すももの笑顔も、一瞬にして凍りつく。
しかし、すももは、信じたくないのか、笑顔に戻ると、落ち着いた声で言った。
「ママ、大丈夫だよ! ユキちゃん、妖精さんの国に帰るだけだから。すぐに帰ってくるから! だって、ユキちゃん、約束してくれたもん! わたしにお友達が出来たら、ずっと一緒にいてくれるって、約束してくれたから! だから……」
すももは、ボクを信じてくれた。だったら、ボクには、嘘を貫き通す義務がある。
「そうだよ。カリン。ボク、明日には、帰ってくるって、言ったよ!」
ボクは、心を殺して、カリンに微笑みかける。
「ほらね、ママ。ユキちゃん、帰ってくるって、言ってるよ。だから……笑って?……笑って、お別れしよう?」
カリンは、すももをギュッと抱き締める。すると、何か違和感を覚えたのか、そっと、すももの顔を覗き込んだ。
「すもも……あなた……」
よく見ると、すももの頬には、止め処なく、涙が伝っていた。
「あ……あれ? わたし、どうしたんだろう? ユキちゃん、帰ってくるんだよ……帰ってくるのに……うっ……ぐすっ……」
すももの声は、落ち着いているようでいて、悲鳴をあげていたのだろう。
すると、カリンが、すももを地面に立たせた。
「すもも。わかっているなら、尚更よ。マツユキに、最後のご挨拶をしなさい。別れは、誰にでも訪れるもの。そんなときは、絶対に逃げちゃだめ。さよならを言えなくて後悔するのは、あなただから……」
そして、すももの背中を、そっと押した。
すももは、カリンの顔を見上げると、零れ落ちるしずくを拭った。そして、ボクに向かって、一歩二歩……そして、ボクの前にしゃがみ込むと、ボクを抱き上げた。
「すもも……嘘付いて、ごめんね」
「うん。いいの。ユキちゃんは、わたしを傷つけないようにって、思ってくれただけだから……」
「……」
「……」
そして、ボクらは、最後の言葉を探し始めた。
最初に見つけたのは、すももだったようだ。
「ユキちゃん。わたしね。ナコちゃんと、お友達になれたよ。とっても、仲のいいお友達になれたよ。ユキちゃんが、居てくれたから……わたし、ナコちゃんと、お友達になれたよ。だからね。ありがとう」
すももは、本当に嬉しそうに八重野の名を繰り返した。本当に、大切な友達が出来たようだ。
「すもも。よかったね。ボクも、とっても嬉しいよ。ナコちゃんと、ずっと、仲良くね」
「うん」
「それからね。ありがとう―」
ボクの言葉に、すももは、不思議そうな顔をする。
「?……わたし、ユキちゃんにお礼を言われるようなこと、してないよ?」
「ううん。そんなことないよ。すもも。すももは、今、笑っているよね?」
「え?……うん……」
「ボクはね。すももの笑顔を見ると、元気になれるんだ。幸せな気持ちになれるんだよ。だからね。ありがとう」
ほとんど、口説き文句のようなボクの言葉に、すももが、顔を真っ赤に染める。
「えっ! ええっっ!!」
すももをいぢめるボクの姿に、少し落ち着いたのか、カリンが、ボクたちの下へと近づいてくる。そして、ボクのおでこを、ベシベシと叩き始めた。
「このロリコン羊が! 幼稚園児を口説いてるんじゃないわよ!」
そんなことをいいながらも、カリンは、少し嬉しそうだった。
ふと、見つめ合うボクとカリン。そんな様子を見たすももは、ボクをカリンに差し出した。
カリンは、ボクを受け取ると、ボクの頭を撫でながら、
「マツユキ……今まで、ありがとう。私は、立派なステラ・スピニアに成ることができました。あなたのおかげよ。それから……ね。私も、あなたのこと、大好きよ―」
そして、そっと、ボクの頬にキスをした。
「…………」
ボクは、少しの間、言葉を失った。カリンの温もりを、ただ、感じていたかったから……
やがて、ボクは、最後の言葉を紡ぎ出す。
「カリン。実は、ボクには、自信がなかった。だって、カリンは、この世界でも有数のステラ・スピニアで……かっこよくて、綺麗で、可愛くて……そして、みんなの憧れで……でも、ボクには、何もなかった。どこにでもいる、ただの使い魔だった。ボク、カリンの役に立てたのかな?」
すると、カリンは、「何を言っているの?」とばかりに、
「うん。確かに、馬鹿で、生意気で、思い込みが激しくて、いつも自分勝手に突っ走って……でも、最後には、必ず私を助けてくれた……私のパートナーは、あなた以外にありえない。この世界でも有数のステラ・スピニアが、保証するわ。あなたは、私に相応しい、最高の使い魔よ」
カリンは、ただ純粋に、ボクを称えてくれた。
「ありがとう……カリン……」
すると、どこからともなく溢れ出した白い光が、ボクの全身を包み込んだ。どうやら、本当に、お別れの時が来たようだ。同時に、体の感覚が鈍くなってきた。カリンは、ボクを抱き締めてくれてくれているようだが、もう、その温もりも感じられない。
「……!………!!!」
カリンが、何かを言っている。
「………!!………!!」
すももが、何か、話しかけてくれている。
カリン? すもも? 何を言っているの? 何も聞こえない―
……ん? あれ? ボク、なんで、こんなところにいるんだっけ?
なんだか、記憶が曖昧になってきた……それに、眠くなってきたぞ。
「…………!!!…………………!!!!!」
誰かが、何かを叫んでいるようだ…………うぅん……ごめんなさい。ボク、眠いんだ……寝かせてくれるかな?
……ふぁぁ……それじゃあ、おやすみなさい……
ボクの意識は、そこで途切れた――
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第09話「さくらいろのほしぞらのしたで」
―― KARIN View ――
気付くと、私は、自分のベッドの上で眠っていた。見上げると、正史郎さんが微笑みながら、私の寝顔を覗き込んでいた。
「起きたかい? カリンさん」
「うん……正史郎さん? ここまで運んでくれたの?」
「ええ。そうですよ」
「重かったでしょ?」
私が、悪戯っぽく尋ねると、
「いいえ。小鳥の羽のようでしたよ」
あっさりと流されてしまった。私は、そんな正史郎さんの穏やかさが好きだった。
そして、私は、もう一人の相棒の姿を捜して、辺りを見回した。
「正史郎さん。マツユキは?」
「マツユキくんですか? うーん。それは、私にはわかりません。答えを知っているのは、カリンさん。きっと、あなただけですよ」
「???」
謎かけのような正史郎さんの言葉に、私は、首を傾げる。
「ああ。そうそう。マツユキくんからの伝言です。カリンさんの机の上から3番目の引き出し。明日になったら、開けて欲しいといっていました」
そういって、正史郎さんは、部屋を出て行ってしまった。
時計を見ると、午後11時。日付が変わるまで、後1時間。
「あの馬鹿。勝手に消えるつもりね……」
私は、上から3番目の引き出しに手をかける。しかし、正史郎さんの言葉が頭を掠めた。
「答えを知っているのは、私だけ……か……」
私は、引き出しに伸ばしかけていた手を収めた。
「うん。わざわざ、確認する必要はない」
そう。私は、マツユキがどこにいるか、知っているのだから。
私は、そのまま部屋を出て階段を駆け降りた。すると、私の行動を見透かしたかのように、玄関の前には、正史郎さんが待っていた。
「私は、さっき……カリンさんが眠っている間にお別れを済ませました。だから……いってらっしゃい」
「……はい! いってきます!」
私は、正史郎さんに見送られながら、マツユキの元へと……桜色の星空の下へと駆け出した。
―― Matsuyuki View ――
「ふぅ……今、何時くらいだろう?」
ボクは、大きな桜の木の下に座り込んで星空を見上げていた。春の夜風は、時間が経つにつれて冷たさを増していく。しかし、そんな風を感じることが出来るのも後少しかと思うと、なんだか、とても尊いもののように感じられた。
ここは、星城学園。カリンとボクが、スピニアになるために一緒に過ごした場所。カリンと正史郎が恋をした場所。そして、ボクが生まれた場所……
ボクは、嬉しいこと、悲しいこと、何かあるたびに、決まってここに来ていた。そのときの思い出が、一つ一つ甦ってくる。
例えば……そうだな。星のしずくが温室に紛れ込んだとき、カリンが、屋根を吹き飛ばしてしまったこと。夜、学校に忍び込んだ時、当直の教師に見つかって、必死に逃げたこと。
「そういえば、あの噴水、直ったかな?」
レシピに浮かんだ言葉を、一文字間違えたことが原因で魔法が暴走し、校舎裏の噴水が、星のしずくが降ってきたときにだけ水が湧くという、よくわからない噴水に変わってしまうなどという事件もあった。
そんな失敗談に浸っていると、ボクの周りを、白く淡い光が包み始めた。少し早い気もするが、もう、お別れの時間なのだろうか?
「ナツメ……ボクたちを、たくさん助けてくれたよね。本当に、ありがとう」
「正史郎……カリンをよろしく」
「すもも……ずっと一緒か……嘘吐いて、ごめんね」
そして……
「カリン……」
ボクは、カリンへの言葉を探す。しかし、真っ白になった頭には、何一つ浮かばない。一番、言いたいことがあるはずの人だというのに……
ボクが言葉に詰まっていると、背後から、最も聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マツユキ、酷いわ。一番よくしてあげた私には、一言も無いの?」
「まさか。有り過ぎて、何をいえばいいのか、わからないだけだよ」
「あら? それは、皮肉かしら?」
カリンは、少し笑ってボクの方へと歩み寄る。そっと抱き締め、愛おしそうに、頭を撫でてくれた。そして……
ベシ!
最後に、頭を叩いた。
「うっ……」
「一人で消えるなんて……馬鹿なことしないの!」
「……うん……ごめんなさい」
ボクは、素直に謝ることにした。カリンが来てくれたこと。やっぱり、嬉しかったから。
「でも、そっか……正史郎、やっぱり、喋っちゃったんだね。引き出しの手紙のこと……」
こんなことになるような気もしていた。
「あらあら。『ボクたちは、この桜の木の下で出会った。だから、この桜の木の下で別れよう』なんてキザなこと言ったのは、どこのどなたさんだったかしら?」
そういって、カリンは、クスッと微笑んだ。そっか。自分でも忘れていたけれど、ボクが、迷わずここに来た理由。もしかしたら、それが、理由だったのかもしれない。
カリンは、ボクを抱いたまま、桜の木の根元に座り込んだ。
ボクらは、二人で空を仰ぐ。星の光と桜の花びらが混ざり合い、夜空が、桜色に輝き始めた。
ふと、ボクの頭に、温かいしずくが降り注ぎ始める。
「マツユキ……」
カリンは、小さく、ボクの名前を呼ぶ。
「カリン……」
いつの間にか、ボクの瞳にも、涙が浮かんでいた。その小さな雫に、カリンとの想い出の欠片が映し出される。こうなっては、ボクの涙は、止まることを知らない。だって、カリンとボクの想い出は……数え切れないほどあるのだから――
気付くと、カリンが、ボクを見下ろしていた。その顔に浮かぶのは…………これまでに見たことの無い、最高の笑顔だった。
その笑顔を見たとたん、ボクの想いが……心の奥底に鍵をかけて仕舞っていたはずの想いが溢れ出した。
ボクがカリンに言いたかった言葉……
ボクの初恋は、きっと、一目惚れだった。幸い、ボクは、その人の一番近くにいることが出来た。でも、誰よりも遠い存在だった。叶わぬ恋。口にしてはいけない恋。
そんなボクの気持ちを、知ってか知らずか、その人は、ボクのことを、とても大切にしてくれた。
でも、その人には、ボクより大切な人が出来た。だから、もう、ボクに振り向くことはない。
だったら、言ってもいいのかな?
ボクは、カリンの腕から離れ、30cm前に立つ。
そして、頑なに仕舞い込んできた気持ちを、言葉に乗せて、カリンに捧げた。
「……カリン……ボク、カリンのこと…………好きだ」
ボクは、カリンに、そう告げた。
「マツユキ! ずるいよ……そんなこと言われたら、私、何も言えなくなっちゃう!!」
「いいんだよ。カリン……カリンの気持ち、知っているから……」
すると、校門の方から、ボクたちを呼ぶ声が近づいてきた。
「姉さ〜ん! マツユキく〜ん!」
どこでボクらの居場所を知ったのか、ナツメが、こちらに駆け寄ってくる。その腕の中には、すももの姿も見える。
「? ママ?」
すももは、眠そうに目を擦りながら、瞳に映る母親の姿に、手を伸ばした。
「ナツメ? どうして……ここに?」
カリンは、ナツメから、すももを受け取ると、優しく頭を撫でた。
すももは、嬉しそうにその身をカリンに預けている。
「いやー。さっき、お義兄さんから、連絡がありまして。すももちゃんを、ここに連れてきて欲しいと」
「正史郎さんが……」
そっか、正史郎か……
ボクは、カリンの腕の中のすももを見上げた。
「すもも……」
ボクが、小さく呟くと、すももと目が合った。
「あ! ユキちゃん! もう、帰ってこれたの?」
すももは、まだ、ボクの作り話の中か……
「ああ。ごめんね。ちょっと、出発が遅れてて……これから、お出かけなんだ」
「そう……それじゃあ、早く帰ってきてね!」
すももの、ボクを待つという言葉が嬉しかった。そして、無邪気な笑顔が辛かった。
すると、カリンが、とんでもないことを言い出した。
「すもも……いい。マツユキはね……ユキちゃんは、もう、帰ってこないのよ……」
「え……」
ボクとナツメは、驚きを隠せなかった。すももの笑顔も、一瞬にして凍りつく。
しかし、すももは、信じたくないのか、笑顔に戻ると、落ち着いた声で言った。
「ママ、大丈夫だよ! ユキちゃん、妖精さんの国に帰るだけだから。すぐに帰ってくるから! だって、ユキちゃん、約束してくれたもん! わたしにお友達が出来たら、ずっと一緒にいてくれるって、約束してくれたから! だから……」
すももは、ボクを信じてくれた。だったら、ボクには、嘘を貫き通す義務がある。
「そうだよ。カリン。ボク、明日には、帰ってくるって、言ったよ!」
ボクは、心を殺して、カリンに微笑みかける。
「ほらね、ママ。ユキちゃん、帰ってくるって、言ってるよ。だから……笑って?……笑って、お別れしよう?」
カリンは、すももをギュッと抱き締める。すると、何か違和感を覚えたのか、そっと、すももの顔を覗き込んだ。
「すもも……あなた……」
よく見ると、すももの頬には、止め処なく、涙が伝っていた。
「あ……あれ? わたし、どうしたんだろう? ユキちゃん、帰ってくるんだよ……帰ってくるのに……うっ……ぐすっ……」
すももの声は、落ち着いているようでいて、悲鳴をあげていたのだろう。
すると、カリンが、すももを地面に立たせた。
「すもも。わかっているなら、尚更よ。マツユキに、最後のご挨拶をしなさい。別れは、誰にでも訪れるもの。そんなときは、絶対に逃げちゃだめ。さよならを言えなくて後悔するのは、あなただから……」
そして、すももの背中を、そっと押した。
すももは、カリンの顔を見上げると、零れ落ちるしずくを拭った。そして、ボクに向かって、一歩二歩……そして、ボクの前にしゃがみ込むと、ボクを抱き上げた。
「すもも……嘘付いて、ごめんね」
「うん。いいの。ユキちゃんは、わたしを傷つけないようにって、思ってくれただけだから……」
「……」
「……」
そして、ボクらは、最後の言葉を探し始めた。
最初に見つけたのは、すももだったようだ。
「ユキちゃん。わたしね。ナコちゃんと、お友達になれたよ。とっても、仲のいいお友達になれたよ。ユキちゃんが、居てくれたから……わたし、ナコちゃんと、お友達になれたよ。だからね。ありがとう」
すももは、本当に嬉しそうに八重野の名を繰り返した。本当に、大切な友達が出来たようだ。
「すもも。よかったね。ボクも、とっても嬉しいよ。ナコちゃんと、ずっと、仲良くね」
「うん」
「それからね。ありがとう―」
ボクの言葉に、すももは、不思議そうな顔をする。
「?……わたし、ユキちゃんにお礼を言われるようなこと、してないよ?」
「ううん。そんなことないよ。すもも。すももは、今、笑っているよね?」
「え?……うん……」
「ボクはね。すももの笑顔を見ると、元気になれるんだ。幸せな気持ちになれるんだよ。だからね。ありがとう」
ほとんど、口説き文句のようなボクの言葉に、すももが、顔を真っ赤に染める。
「えっ! ええっっ!!」
すももをいぢめるボクの姿に、少し落ち着いたのか、カリンが、ボクたちの下へと近づいてくる。そして、ボクのおでこを、ベシベシと叩き始めた。
「このロリコン羊が! 幼稚園児を口説いてるんじゃないわよ!」
そんなことをいいながらも、カリンは、少し嬉しそうだった。
ふと、見つめ合うボクとカリン。そんな様子を見たすももは、ボクをカリンに差し出した。
カリンは、ボクを受け取ると、ボクの頭を撫でながら、
「マツユキ……今まで、ありがとう。私は、立派なステラ・スピニアに成ることができました。あなたのおかげよ。それから……ね。私も、あなたのこと、大好きよ―」
そして、そっと、ボクの頬にキスをした。
「…………」
ボクは、少しの間、言葉を失った。カリンの温もりを、ただ、感じていたかったから……
やがて、ボクは、最後の言葉を紡ぎ出す。
「カリン。実は、ボクには、自信がなかった。だって、カリンは、この世界でも有数のステラ・スピニアで……かっこよくて、綺麗で、可愛くて……そして、みんなの憧れで……でも、ボクには、何もなかった。どこにでもいる、ただの使い魔だった。ボク、カリンの役に立てたのかな?」
すると、カリンは、「何を言っているの?」とばかりに、
「うん。確かに、馬鹿で、生意気で、思い込みが激しくて、いつも自分勝手に突っ走って……でも、最後には、必ず私を助けてくれた……私のパートナーは、あなた以外にありえない。この世界でも有数のステラ・スピニアが、保証するわ。あなたは、私に相応しい、最高の使い魔よ」
カリンは、ただ純粋に、ボクを称えてくれた。
「ありがとう……カリン……」
すると、どこからともなく溢れ出した白い光が、ボクの全身を包み込んだ。どうやら、本当に、お別れの時が来たようだ。同時に、体の感覚が鈍くなってきた。カリンは、ボクを抱き締めてくれてくれているようだが、もう、その温もりも感じられない。
「……!………!!!」
カリンが、何かを言っている。
「………!!………!!」
すももが、何か、話しかけてくれている。
カリン? すもも? 何を言っているの? 何も聞こえない―
……ん? あれ? ボク、なんで、こんなところにいるんだっけ?
なんだか、記憶が曖昧になってきた……それに、眠くなってきたぞ。
「…………!!!…………………!!!!!」
誰かが、何かを叫んでいるようだ…………うぅん……ごめんなさい。ボク、眠いんだ……寝かせてくれるかな?
……ふぁぁ……それじゃあ、おやすみなさい……
ボクの意識は、そこで途切れた――
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目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
