2007年08月22日
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第07話
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第07話「にびいろのしずく」
観覧車を降りると、カリンの指輪が輝き始めた。光の示す先は……すぐそばだ。
「カリン……恐らく……」
「そうね。あの噴水ね」
この遊園地には、大きな噴水がある。ある一定の時間になると、その姿を七つに変え、広場を沸かせる人気スポットだ。
そして、その場所は、ボクたちが、初めてしずくを掬った場所でもあった。
ボクたちは、一旦、遊園地の外に出る。丁度、閉園時間になったからだ。ボクとカリンは、正史郎に、星のしずくのことを告げると。正史郎は、快くボクたちを送り出してくれた。
ボクたちは、木陰から様子を見る。すると、ほどなく、遊園地の管理人たちが出てくるのが見えた。
「いけるかな?」
「そうね……」
管理人たちの背中が見えなくなったところで、カリンは、魔法の言葉を紡ぎ出す。
「プログリーディア!」
閉じられた大きな門に、大きな穴が作り出される。
「相変わらず、すごいな……」
その穴の直径は、5mといったところか。熟練のスピニアならば、半分がいいところだ。
ボクたちは、作り出した穴を通って、再び園内に忍び込んだ。
「カリン」
「ん?」
「忍び込むにしちゃ、豪快過ぎないか?」
「うーん……バレなきゃいいでしょ!」
そんな行き当たりばったりなカリンに、苦笑いを覚えながら、ボクたちは、星のしずくが輝く噴水を目指す。そこは、遊園地の、ほぼ中央に位置している。何度か、ここでしずくを掬ったことがあるボクたちは、迷うことなく辿り着いた。
ボクたちが噴水の前に立つと、突然、水が踊り始めた。その中央に、星のしずくの姿が見えた。
「カリン。今日のしずく、少し大きくないか?」
「そうね。2つ重なっている……訳でも無さそうね。始めて見るタイプかもしれない。少し、手強いかしら?」
言葉とは裏腹に、カリンの楽しそうな声が響く。
「それじゃあ、いくわよ! スピリオ・ローザブロッサム!!!」
カリンの体が黄金の光に包まれると、中から、プラム・クローリスの制服に身を包んだカリンの姿が現れる。同時に、指輪をレードルの姿に戻したカリンは、それを右手に握り締める。
すると、星のしずくが、夜空に向かって飛び上った。
「アラ・ディウム・メイ!」
カリンも、星空へと飛び上がり、猛スピードで追撃する。いや、追撃なんてもんじゃない。カリンは、一瞬にして、しずくに追いついた。
カリンは、不敵な笑みを浮かべると、しずくに向かってレードルを伸ばす。
もし、これが並のしずくならば、ここで掬えていたことだろう。しかし、そのしずくは、カリンの動きが見えているのだろう。
スピードで勝てないと悟ったのか、慣性の法則を無視してピタリと動きを止めると、一直線に噴水の中へと飛び込んでいった。
カリンも急停止をかけたが、すぐには追わず、一度、夜空の中心で立ち止まった。
「あらあら。中々やるわね……」
そう呟くカリンは、まだまだ余裕の表情だ。しかし、油断は出来ない。ボクは、足元の噴水の中を観察し始めた。
「うーん。あれかな?」
星のしずくの力だろう。噴水の中は、現実世界とはかけ離れた広い空間が出来ていた。その中に、一際輝く大きなしずくが見える。心なしか、さっきより大きくなっているような……
「マツユキ。どう?」
カリンが、噴水を覗き込むボクの隣に降り立つ。
「うん……なんだか、さっきよりも、大きくなっているような気がするんだけど……」
すると、突然、地面が大きく揺れ始める。同時に、噴水の中の水が、渦を巻き始めた。
「!? カリン! 何、これ!?」
「わからない! わたしも、こんなのは、初めてよ!」
水の中で渦を巻く程度のしずくは、たくさん見てきた。
しかし、大地をも揺さぶる力を持ったしずくなど、見たこともない。
バシャァァァーーーン!!!
大きな水音とともに、竜巻のような水柱が湧き上がる。その直径は、ゆうに五十メートルは超えている。直に見たことがあるわけではないが、「ハリケーン」という表現が最も近いのではないだろうか。目の前に繰り広げられる光景は、正に脅威といって差し支えない。
そして、その脅威は、意思を持って、ボクたちに襲いかかってきた。
「うわぁ!!!」
ボクは、一歩も動けず、目を硬く閉じる。
「マツユキ!!!」
カリンの声とともに、ボクの体が宙に浮く。
目を開けると、ボクは、空飛ぶカリンに抱かれていた。
「カリン……ありがとう」
「そんなこと言っている場合じゃないわ。あのしずく、明らかに、変よ……」
確かに、あそこまで狂ったように暴れるしずくなど、見たことがない。
「マツユキ。レシピは、持っている?」
「あ……うん……」
ボクは、首にかけてある小さなレシピを差し出した。カリンが、それを元の大きさに戻すと、突然、光が溢れ出した。ボクは、どうしても埋まることのなかった最後の1ページのことを思い出した。つまり、どんなことをしても埋まらなかった最後の言葉が、ついに刻まれたということだ。
「カリン……」
「うん……」
ボクが、ページを開こうとすると、それを阻止せんと、再び水柱が襲いかかってきた。
「私が囮になるから、マツユキは、そのページの言葉を教えて!」
そう言って、ボクをレシピに乗せると、カリンは、水柱へと向かって行った。
ボクは、急いで、地面に降りると、光り輝くページを開いた。そこに記されていた言葉とは……
「……え? なんで、今更?」
その言葉は、全てのスピニアが、最初に覚える言葉。理由はわからない。でも、きっと、何か意味があるはずだ。ボクは、カリンの元へと駆け出した。そして、大声で叫ぶ。
「カリン! 『プルヴ・ラディ』だ! あの本の最後の言葉、『プルヴ・ラディ』だ!」
「えっ!? そんな言葉で、この化け物をどうしろって…………きゃっ!」
カリンの悲鳴のような叫びが響き渡る。
「でも、信じるんだ! 今まで、レシピが教えてくれた言葉が間違っていたことは、一度もない!」
「そんなこと言われても………!!!」
しずくの容赦ない攻撃に、ついに、カリンが叩き落とされた。
「カリン!!!」
ボクは、カリンの元へと走り出した。ボクの目には、カリンしか映っていなかった。だから、ボクは気付くことが出来なかった。
しずくの標的は、既に、カリンからボクへと変わっていたのだ。
「マツユキ! 危ない!!!」
「えっ?」
カリンには、さぞかし、間の抜けた返事に聞こえたことだろう。振り返ると、しずくの竜巻が、眼前に迫っていた。
避けられないと悟ったボクは、とっさに、レシピをカリンに投げつけた。
「マツユキ!!!!!」
カリンの悲しい叫び声が響き渡る中、ボクは、しずくの世界へと引きずり込まれていった――
―― KARIN View ――
私は、何をしていたのだろう?
どうして、マツユキを一人にしてしまったのだろう?
ここにいる以上、マツユキも危険なはずだ。そんなこと、わかりきっていたはずだ。
でも、私は、マツユキを一人にしてしまった……自分の力なら、どうにかなると思っていた? 自分の力に驕っていた?
そんなことで、私は、マツユキを失ってしまったの? そんなことで、マツユキとの最後の時を失ってしまったの?
……なんて、馬鹿な私……どうしようもない私……
ふと見上げると、星のしずくが、こちらに向きを変えたようだ。そうね。このまま、マツユキと終わるのも、悪くないかもしれない。私は、そっと目を閉じた。
バシッ!!!
「……え?」
突然、頬を叩かれた。じわじわと痛みが込み上げてくる。
見上げると、そこには、正史郎さんが立っていた。
「正史郎さん……? どうして……?」
「カリンさん。いつから、そんな弱音を吐くような人になったんですか? 私の知っているカリンさんは、何事でも、最後まで諦めずに闘い抜く人でしたよ」
「でも……あれは……あれは、違うの! 私の力じゃ、どうにもならないっ!!!」
そう。あれは、星のしずくではない。何か別のものだ。スピニアである私には、どうにもならない……
「いいえ。あれは、星のしずくです。レシピに記されたのでしょう? 『プルヴ・ラディ』と。あの本は、星のしずく以外の事に反応することはありません。必ず、掬う方法があるはずです」
「でも……」
「カリンさん……あなたは、世界一のスピニアです。私が保証します。マツユキくんが保証します。ナツメ君だって……いえ。フィグラーレのみんなが保証します。そのあなたが諦めてしまったら、あのしずくを掬えるスピニアなど、他にいません。だから、最後まで諦めないで……」
「正史郎さん……」
「それから、もう一つ。あなたは、大切なことを見落としています」
「……?」
「マツユキくんは、死んだわけではありません。あの渦の中で『苦しんでいる』はずです」
「……っ!」
そうだ……どうして、気付かなかったのだろう? どうして、すぐに諦めてしまったのだろう?
「私って、やっぱり、馬鹿ね」
私は、再び立ち上がる。
「正史郎さん。ありがとう」
そう言って、私は、正史郎さんの頬にキスをした。
「それじゃあ、ちょっと、マツユキを助けに行ってきます」
私は、いたずらっぽく敬礼して見せる。
「はい。気をつけていってらっしゃい」
正史郎さんは、私が仕事に出かけるときのように、優しく送り出してくれた。
「さて……どうしてくれようかしら……」
私は、目の前のしずくを掬う方法を考え始めた。
―― Matsuyuki View ――
景色がグルグルと回っている。いや。ボクが、グルグル回っているのか。
一度、カリンに、「洗濯するわよ!」とか、わけのわからないことを言われて、洗濯機の中を泳いだ記憶が甦る。その時は、洗剤の泡が目に沁みて大変だった。
(あれに比べれば、まだましだ……)
苦しいことに変わりはないが、もう少しなら頑張れる。諦めなければ、カリンが助けてくれるはずだから。カリンは、そういう人だから……
―― KARIN View ――
私は、しずくの攻撃を、ギリギリのところで避けながら、どこかにあるはずのしずく本体の探すことにした。私の動きに慣れてきたのだろうか。しずくの攻撃が、だんだんと、私の動きに合わせてきているように思える。悠長に考えている暇もないらしい。
「やっぱり、渦の中に入り込むしかないかしら?……でも、あの流れの速さでは、ヴィム・コミティ・アクアも、働かない……私の方が流されてしまう……」
ふと、渦の中心辺りに、見慣れたぬいぐるみが流されているのが見えた。
「あれは……マツユキ!?」
一瞬気を取られ、動きが鈍った私に、しずくが、容赦なく襲い掛かる。そのまま、体がしずくに飲み込まれた。
(目を瞑っては、ダメ!)
私は、自分に言い聞かせ、必死に目を開ける。すると、荒れ狂う渦の中心に、星のしずくの姿が見えた。
(見つけた!)
ザバァァーーン
私は、一度、態勢を立て直すために、渦の外へと離脱した。下を見ると、正史郎さんが、心配そうに、こちらを見上げている。私は、正史郎さんに向かって小さくVサインを出した。
すると、正史郎さんは、ホッと頬を緩めて微笑みながら、しずくの渦に飲み込まれていった。
「っ…………」
しかし、私は慌てなかった。正史郎さんは、自分がしずくに巻き込まれることを知っていたはずだから。そして、正史郎さんの微笑みに、恐怖の色は無かったから。
正史郎さんは、私を信じてくれている。
マツユキも、私を信じてくれている。
それなら、私は、どんな星のしずくでも、掬うことが出来る!
私は、一度、地面に降り立つと、マツユキが渡してくれたレシピの最後のページを広げる。
そこに浮かぶ最後の言葉。
プルヴ・ラディ
私は、その言葉を噛み締め、レシピを胸に抱く。
正史郎さんも言っていた。この言葉で、あのしずくは、掬えるはず……
それでは、イメージしてみよう。あのしずくを掬うには、あの渦に巻き込まれる前に掬うしかない。しかし、普通に潜り込んだとしたら、しずくに辿り着く前に、渦に飲まれてしまうだろう。しかし、星のしずくの場所は見つけた。今では、手に取るように、その姿が見える。ならば……
渦に流される前に掬えばいい
つまり、一瞬で、星のしずくへと辿り着く……そのためには、3つの言葉を同時に発動させればいい。
「ヴィム・コミティ・アクア!」
まず、一つ目は、水と交わる言葉。これで、水の抵抗を、ある程度防ぐことが出来るはず。そして、次に、
「カトル・ディウム・メイ!!」
超高速飛行魔法。その初速は、音速にすら匹敵する。つまり、一瞬で、しずくの元に辿り着くことが出来るはず。
しかし、当然だが、それは音速の中の話だ。いくら私でも、そんな状態で星のしずくを掬うのは不可能だ。だから、私は、同時にもう一つの魔法を使う。
「ティム・フォールナ・メイ!!!」
この時間を操る魔法で、私自身の時間を遅らせる。こうすれば、音速の中でも、私は、普通に動くことが出来るはず。
「こんな無茶なこと、よく思いついたわ。偉いぞ。私!」
そんなことを呟くうちに、私の体は、渦巻くしずくの中へと潜り込む。水の流れが止まって見える。自分の時間を遅くしているはずなのに、なんだか、不思議な感覚だ。
やがて、目的のしずくが見えてきた。私は、レードルの先でしずくを包み込むと、静かに最後の言葉を唱えた。
「プルヴ・ラディ」
その瞬間、星のしずくを中心に、光の奔流が生まれる。激しく渦を巻いていた水柱が、方々に弾け飛んでいく。
しずくの光が収まると、地面で咳き込むマツユキと正史郎さんの姿が見えた。どうやら、無事、助かったようだ。私は、とりあえず、安心すると、レードルの中のしずくを覗き込んだ。普段見るしずくと違い、やたらと鈍い輝きを放っている。鈍色(にびいろ)と呼んで差し支えない。
「本当に、変なしずくね」
私は、ポケットに入れていた瓶を取り出すと、そのしずくを注ぎ込んだ。
「後で、ナツメに見て貰おうかしら」
鈍色のしずくは、瓶に注いでも、その色を変えることはなかった。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第07話「にびいろのしずく」
観覧車を降りると、カリンの指輪が輝き始めた。光の示す先は……すぐそばだ。
「カリン……恐らく……」
「そうね。あの噴水ね」
この遊園地には、大きな噴水がある。ある一定の時間になると、その姿を七つに変え、広場を沸かせる人気スポットだ。
そして、その場所は、ボクたちが、初めてしずくを掬った場所でもあった。
ボクたちは、一旦、遊園地の外に出る。丁度、閉園時間になったからだ。ボクとカリンは、正史郎に、星のしずくのことを告げると。正史郎は、快くボクたちを送り出してくれた。
ボクたちは、木陰から様子を見る。すると、ほどなく、遊園地の管理人たちが出てくるのが見えた。
「いけるかな?」
「そうね……」
管理人たちの背中が見えなくなったところで、カリンは、魔法の言葉を紡ぎ出す。
「プログリーディア!」
閉じられた大きな門に、大きな穴が作り出される。
「相変わらず、すごいな……」
その穴の直径は、5mといったところか。熟練のスピニアならば、半分がいいところだ。
ボクたちは、作り出した穴を通って、再び園内に忍び込んだ。
「カリン」
「ん?」
「忍び込むにしちゃ、豪快過ぎないか?」
「うーん……バレなきゃいいでしょ!」
そんな行き当たりばったりなカリンに、苦笑いを覚えながら、ボクたちは、星のしずくが輝く噴水を目指す。そこは、遊園地の、ほぼ中央に位置している。何度か、ここでしずくを掬ったことがあるボクたちは、迷うことなく辿り着いた。
ボクたちが噴水の前に立つと、突然、水が踊り始めた。その中央に、星のしずくの姿が見えた。
「カリン。今日のしずく、少し大きくないか?」
「そうね。2つ重なっている……訳でも無さそうね。始めて見るタイプかもしれない。少し、手強いかしら?」
言葉とは裏腹に、カリンの楽しそうな声が響く。
「それじゃあ、いくわよ! スピリオ・ローザブロッサム!!!」
カリンの体が黄金の光に包まれると、中から、プラム・クローリスの制服に身を包んだカリンの姿が現れる。同時に、指輪をレードルの姿に戻したカリンは、それを右手に握り締める。
すると、星のしずくが、夜空に向かって飛び上った。
「アラ・ディウム・メイ!」
カリンも、星空へと飛び上がり、猛スピードで追撃する。いや、追撃なんてもんじゃない。カリンは、一瞬にして、しずくに追いついた。
カリンは、不敵な笑みを浮かべると、しずくに向かってレードルを伸ばす。
もし、これが並のしずくならば、ここで掬えていたことだろう。しかし、そのしずくは、カリンの動きが見えているのだろう。
スピードで勝てないと悟ったのか、慣性の法則を無視してピタリと動きを止めると、一直線に噴水の中へと飛び込んでいった。
カリンも急停止をかけたが、すぐには追わず、一度、夜空の中心で立ち止まった。
「あらあら。中々やるわね……」
そう呟くカリンは、まだまだ余裕の表情だ。しかし、油断は出来ない。ボクは、足元の噴水の中を観察し始めた。
「うーん。あれかな?」
星のしずくの力だろう。噴水の中は、現実世界とはかけ離れた広い空間が出来ていた。その中に、一際輝く大きなしずくが見える。心なしか、さっきより大きくなっているような……
「マツユキ。どう?」
カリンが、噴水を覗き込むボクの隣に降り立つ。
「うん……なんだか、さっきよりも、大きくなっているような気がするんだけど……」
すると、突然、地面が大きく揺れ始める。同時に、噴水の中の水が、渦を巻き始めた。
「!? カリン! 何、これ!?」
「わからない! わたしも、こんなのは、初めてよ!」
水の中で渦を巻く程度のしずくは、たくさん見てきた。
しかし、大地をも揺さぶる力を持ったしずくなど、見たこともない。
バシャァァァーーーン!!!
大きな水音とともに、竜巻のような水柱が湧き上がる。その直径は、ゆうに五十メートルは超えている。直に見たことがあるわけではないが、「ハリケーン」という表現が最も近いのではないだろうか。目の前に繰り広げられる光景は、正に脅威といって差し支えない。
そして、その脅威は、意思を持って、ボクたちに襲いかかってきた。
「うわぁ!!!」
ボクは、一歩も動けず、目を硬く閉じる。
「マツユキ!!!」
カリンの声とともに、ボクの体が宙に浮く。
目を開けると、ボクは、空飛ぶカリンに抱かれていた。
「カリン……ありがとう」
「そんなこと言っている場合じゃないわ。あのしずく、明らかに、変よ……」
確かに、あそこまで狂ったように暴れるしずくなど、見たことがない。
「マツユキ。レシピは、持っている?」
「あ……うん……」
ボクは、首にかけてある小さなレシピを差し出した。カリンが、それを元の大きさに戻すと、突然、光が溢れ出した。ボクは、どうしても埋まることのなかった最後の1ページのことを思い出した。つまり、どんなことをしても埋まらなかった最後の言葉が、ついに刻まれたということだ。
「カリン……」
「うん……」
ボクが、ページを開こうとすると、それを阻止せんと、再び水柱が襲いかかってきた。
「私が囮になるから、マツユキは、そのページの言葉を教えて!」
そう言って、ボクをレシピに乗せると、カリンは、水柱へと向かって行った。
ボクは、急いで、地面に降りると、光り輝くページを開いた。そこに記されていた言葉とは……
「……え? なんで、今更?」
その言葉は、全てのスピニアが、最初に覚える言葉。理由はわからない。でも、きっと、何か意味があるはずだ。ボクは、カリンの元へと駆け出した。そして、大声で叫ぶ。
「カリン! 『プルヴ・ラディ』だ! あの本の最後の言葉、『プルヴ・ラディ』だ!」
「えっ!? そんな言葉で、この化け物をどうしろって…………きゃっ!」
カリンの悲鳴のような叫びが響き渡る。
「でも、信じるんだ! 今まで、レシピが教えてくれた言葉が間違っていたことは、一度もない!」
「そんなこと言われても………!!!」
しずくの容赦ない攻撃に、ついに、カリンが叩き落とされた。
「カリン!!!」
ボクは、カリンの元へと走り出した。ボクの目には、カリンしか映っていなかった。だから、ボクは気付くことが出来なかった。
しずくの標的は、既に、カリンからボクへと変わっていたのだ。
「マツユキ! 危ない!!!」
「えっ?」
カリンには、さぞかし、間の抜けた返事に聞こえたことだろう。振り返ると、しずくの竜巻が、眼前に迫っていた。
避けられないと悟ったボクは、とっさに、レシピをカリンに投げつけた。
「マツユキ!!!!!」
カリンの悲しい叫び声が響き渡る中、ボクは、しずくの世界へと引きずり込まれていった――
―― KARIN View ――
私は、何をしていたのだろう?
どうして、マツユキを一人にしてしまったのだろう?
ここにいる以上、マツユキも危険なはずだ。そんなこと、わかりきっていたはずだ。
でも、私は、マツユキを一人にしてしまった……自分の力なら、どうにかなると思っていた? 自分の力に驕っていた?
そんなことで、私は、マツユキを失ってしまったの? そんなことで、マツユキとの最後の時を失ってしまったの?
……なんて、馬鹿な私……どうしようもない私……
ふと見上げると、星のしずくが、こちらに向きを変えたようだ。そうね。このまま、マツユキと終わるのも、悪くないかもしれない。私は、そっと目を閉じた。
バシッ!!!
「……え?」
突然、頬を叩かれた。じわじわと痛みが込み上げてくる。
見上げると、そこには、正史郎さんが立っていた。
「正史郎さん……? どうして……?」
「カリンさん。いつから、そんな弱音を吐くような人になったんですか? 私の知っているカリンさんは、何事でも、最後まで諦めずに闘い抜く人でしたよ」
「でも……あれは……あれは、違うの! 私の力じゃ、どうにもならないっ!!!」
そう。あれは、星のしずくではない。何か別のものだ。スピニアである私には、どうにもならない……
「いいえ。あれは、星のしずくです。レシピに記されたのでしょう? 『プルヴ・ラディ』と。あの本は、星のしずく以外の事に反応することはありません。必ず、掬う方法があるはずです」
「でも……」
「カリンさん……あなたは、世界一のスピニアです。私が保証します。マツユキくんが保証します。ナツメ君だって……いえ。フィグラーレのみんなが保証します。そのあなたが諦めてしまったら、あのしずくを掬えるスピニアなど、他にいません。だから、最後まで諦めないで……」
「正史郎さん……」
「それから、もう一つ。あなたは、大切なことを見落としています」
「……?」
「マツユキくんは、死んだわけではありません。あの渦の中で『苦しんでいる』はずです」
「……っ!」
そうだ……どうして、気付かなかったのだろう? どうして、すぐに諦めてしまったのだろう?
「私って、やっぱり、馬鹿ね」
私は、再び立ち上がる。
「正史郎さん。ありがとう」
そう言って、私は、正史郎さんの頬にキスをした。
「それじゃあ、ちょっと、マツユキを助けに行ってきます」
私は、いたずらっぽく敬礼して見せる。
「はい。気をつけていってらっしゃい」
正史郎さんは、私が仕事に出かけるときのように、優しく送り出してくれた。
「さて……どうしてくれようかしら……」
私は、目の前のしずくを掬う方法を考え始めた。
―― Matsuyuki View ――
景色がグルグルと回っている。いや。ボクが、グルグル回っているのか。
一度、カリンに、「洗濯するわよ!」とか、わけのわからないことを言われて、洗濯機の中を泳いだ記憶が甦る。その時は、洗剤の泡が目に沁みて大変だった。
(あれに比べれば、まだましだ……)
苦しいことに変わりはないが、もう少しなら頑張れる。諦めなければ、カリンが助けてくれるはずだから。カリンは、そういう人だから……
―― KARIN View ――
私は、しずくの攻撃を、ギリギリのところで避けながら、どこかにあるはずのしずく本体の探すことにした。私の動きに慣れてきたのだろうか。しずくの攻撃が、だんだんと、私の動きに合わせてきているように思える。悠長に考えている暇もないらしい。
「やっぱり、渦の中に入り込むしかないかしら?……でも、あの流れの速さでは、ヴィム・コミティ・アクアも、働かない……私の方が流されてしまう……」
ふと、渦の中心辺りに、見慣れたぬいぐるみが流されているのが見えた。
「あれは……マツユキ!?」
一瞬気を取られ、動きが鈍った私に、しずくが、容赦なく襲い掛かる。そのまま、体がしずくに飲み込まれた。
(目を瞑っては、ダメ!)
私は、自分に言い聞かせ、必死に目を開ける。すると、荒れ狂う渦の中心に、星のしずくの姿が見えた。
(見つけた!)
ザバァァーーン
私は、一度、態勢を立て直すために、渦の外へと離脱した。下を見ると、正史郎さんが、心配そうに、こちらを見上げている。私は、正史郎さんに向かって小さくVサインを出した。
すると、正史郎さんは、ホッと頬を緩めて微笑みながら、しずくの渦に飲み込まれていった。
「っ…………」
しかし、私は慌てなかった。正史郎さんは、自分がしずくに巻き込まれることを知っていたはずだから。そして、正史郎さんの微笑みに、恐怖の色は無かったから。
正史郎さんは、私を信じてくれている。
マツユキも、私を信じてくれている。
それなら、私は、どんな星のしずくでも、掬うことが出来る!
私は、一度、地面に降り立つと、マツユキが渡してくれたレシピの最後のページを広げる。
そこに浮かぶ最後の言葉。
プルヴ・ラディ
私は、その言葉を噛み締め、レシピを胸に抱く。
正史郎さんも言っていた。この言葉で、あのしずくは、掬えるはず……
それでは、イメージしてみよう。あのしずくを掬うには、あの渦に巻き込まれる前に掬うしかない。しかし、普通に潜り込んだとしたら、しずくに辿り着く前に、渦に飲まれてしまうだろう。しかし、星のしずくの場所は見つけた。今では、手に取るように、その姿が見える。ならば……
渦に流される前に掬えばいい
つまり、一瞬で、星のしずくへと辿り着く……そのためには、3つの言葉を同時に発動させればいい。
「ヴィム・コミティ・アクア!」
まず、一つ目は、水と交わる言葉。これで、水の抵抗を、ある程度防ぐことが出来るはず。そして、次に、
「カトル・ディウム・メイ!!」
超高速飛行魔法。その初速は、音速にすら匹敵する。つまり、一瞬で、しずくの元に辿り着くことが出来るはず。
しかし、当然だが、それは音速の中の話だ。いくら私でも、そんな状態で星のしずくを掬うのは不可能だ。だから、私は、同時にもう一つの魔法を使う。
「ティム・フォールナ・メイ!!!」
この時間を操る魔法で、私自身の時間を遅らせる。こうすれば、音速の中でも、私は、普通に動くことが出来るはず。
「こんな無茶なこと、よく思いついたわ。偉いぞ。私!」
そんなことを呟くうちに、私の体は、渦巻くしずくの中へと潜り込む。水の流れが止まって見える。自分の時間を遅くしているはずなのに、なんだか、不思議な感覚だ。
やがて、目的のしずくが見えてきた。私は、レードルの先でしずくを包み込むと、静かに最後の言葉を唱えた。
「プルヴ・ラディ」
その瞬間、星のしずくを中心に、光の奔流が生まれる。激しく渦を巻いていた水柱が、方々に弾け飛んでいく。
しずくの光が収まると、地面で咳き込むマツユキと正史郎さんの姿が見えた。どうやら、無事、助かったようだ。私は、とりあえず、安心すると、レードルの中のしずくを覗き込んだ。普段見るしずくと違い、やたらと鈍い輝きを放っている。鈍色(にびいろ)と呼んで差し支えない。
「本当に、変なしずくね」
私は、ポケットに入れていた瓶を取り出すと、そのしずくを注ぎ込んだ。
「後で、ナツメに見て貰おうかしら」
鈍色のしずくは、瓶に注いでも、その色を変えることはなかった。
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目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
