2007年08月22日
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第06話
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第06話「ボクがきえるひ」
「カリン」
ボクは、二日ぶりに、主の部屋の扉を叩いた。
「マツユキ? すもものところにいなくていいの?」
「うん。さっきのすももの顔、見ていただろう? すももに友達が……ううん。きっと、親友と呼べる人が出来たんじゃないかな? ボクの役目は、もう無いさ」
「それもそうね」
カリンも、すももの笑顔を見て感じていたのだろう。微妙に頬が緩んでいる。
「でも、カリンの言う通りだったよ。ボクは、結局、何もしていない。全部、すももが頑張ったから……」
「ううん。そんなことないわ」
ボクの言葉に、カリンが首を振る。
「昨日の夜、すももの背中を押してくれたでしょう?」
カリンは、「ごめんなさい。聞いていたの」と、ボクに謝った。
「ううん。すももが一人で考えていたとしても、同じこと。同じ答えに辿り着いていたはずだよ」
「そうね……そうかもしれない。でも、その答えを見つけられたのは、きっと、今日じゃないわ。もう何日か先のことだと思う。だからね。ありがとう」
何の飾り気も無いお礼を言われ、ボクは、戸惑いながら頬を染める。
すると、カリンが、ボクの額をつつき始めた。
「照れることないのよ? マツユキちゃん?」
「……照れてなんかいないさ」
カリンは、しばらく、ボクの頬を突いて遊んでいたが、少し、真面目な顔になると、こう告げた。
「マツユキ。明日が、あなたの最後の日……残念だけど、これは、もう、変えられないわ……だから、先に言っておく。すもものこと、ありがとう。それから、今まで、本当にありがとう。あなたは、私の……最高のパートナーだったわ」
「カリン……」
「ふふふ……柄にもないこと言っちゃった」
てへっ♪っと、可愛らしくおどけてみせると、ボクから目を逸らし、後ろを向いた。カリンの大きな瞳に、小さな雫が輝いている。だからボクは……
「カリン……その歳で、『てへ』は、興醒めだよ」
ボクは、首を振り、呆れたように見せる。
「ちょっと、マツユキ! それ、どういう意味!?」
カリンも、ボクに調子を合わせる。
「言葉のままさ。きっと、正史郎だって、同じこと言うと思うよ?」
ボクたちの無意味なじゃれ合いは、結局、朝まで続いた。
――――――――――
朝日が昇り始めた頃、ボクは、一度、すももの部屋へと向かった。ドアの前に辿り着くと、いつもはピッタリと閉じているはずのドアに、丁度、ボクが通ることが出来るくらいの隙間が出来ていた。
「しまった……すもも、心配してたよな……」
ボクは、罪悪感を抱きつつ、覚悟を決めて部屋に入ることにした。すると、ボクの気配に気付いたのか、すぐにすももが目を覚ました。
「ユキちゃん! どこ行ってたの? 心配したんだよ?」
すももは、ボクに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、すもも……」
言い訳をするつもりもない。ボクは、ただ、すももの頬をペタペタと撫でながら、謝罪の言葉を繰り返した。
そして、すももが落ち着くのを見計らって、ボクは、最後の嘘を吐くことにした。
「あのね。すもも。昨日、ナコちゃんとお友達になれたよね?」
「うん! とってもいいお友達が出来たよ! ユキちゃん。本当に、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ボクに頭を下げる。
「ううん。すももが頑張ったからだよ」
「ううん。ユキちゃんのおかげだよ」
すももも、カリンと同じことを言う。やっぱり、親子なんだな……
そんなことを思いながら、ボクは、譲り合いの輪を断ち切る。
「だったら……すももは、頑張った。ボクも頑張った。二人で頑張ったからだね」
「うん!」
すももは、素直に肯いてくれた。
「それでね。悪いんだけど……今日は、一緒にいられないんだ」
「え? そうなの?」
すももが、少し寂しそうな顔をする。
「うん。ボクたちはね。対象の子……えっと、ボクの場合は、すももに友達が出来たら、妖精の王様に報告しなければならないんだ。だから、ボクは一度、妖精の国に帰る必要がある。あ! でもね。一度だけ戻ればいいんだ。そうすれば、ボクたちは……ずっと………一緒に…………いられるから……」
尻すぼみになりつつも、ボクは、最後まで言い切った。
しかし、すももは、疑うことを知らないのか、単に言い辛いだけだと思っているのか、
「それじゃあ、いってらっしゃい!」
と、何一つ詮索せずに笑ってくれた。
そんなすももに、心の中で謝りながら、ボクは、すももの前から姿を消した。
これでいい。明日になれば、すももの記憶は、消えているはずだ。すももが、ボクのことで悲しむことはない。
そう。それでいい……
――――――――――
今日は、カリンがすももを送っていった。二人が出かけた後、ボクは、縁側に座り、お茶を飲みながら空を眺めていた。
「ふふふふ……あの雲、すももと八重野みたいだ……」
そんな独り言を呟いていると、珍しく、正史郎が、ボクに話しかけてきた。
「マツユキくん。今日は、私と出かけたりしてみないかい?」
「え? 正史郎と……? でも、正史郎、原稿の締め切り、今日じゃなかったっけ?」
図星だったのか、正史郎は、苦笑いを浮かべている。
「あははは……まあ……それはそれ。なんとかなるから」
そんな泳いだ目で言われても、正直困るのだが……
しかし、ボクのことは正史郎も知っている。気を使ってくれているのは確かだ。無下に断る理由もない。
「正史郎がそういうなら、別にかまわないけど……」
「それはよかった。それじゃあ、早速、行こうか」
と、ボクを抱き上げると、肩に乗せ、そのまま玄関の方へと歩き出す。
「あの……正史郎?」
「なんだい? マツユキくん」
「やっぱり、その格好で出かけるの?」
「何か、おかしいかい?」
「……うん……いや……いいです……」
作務衣に下駄。さらに、肩には羊のぬいぐるみ。おまけに、正史郎自体が、かなりの美形だ。目立たないわけがないのだが、正史郎は、気にした風も見せない。
とはいえ、いつものことなので、ボクは、黙ってぬいぐるみの振りをすることにした。
――――――――――
正史郎の肩に揺られること数十分。のんびりと歩いて辿り着いた先には、大きな観覧車が見えた。ここは、街外れにある遊園地だ。
「ここは……」
ボクは、思わず、感嘆の声を上げる。すると、
「そう。私とマツユキが、初めて星のしずくを掬った場所……」
そこには、すももを送り、そのまま仕事に出かけたはずのカリンが立っていた。
「え!? カリン? どうしてここに……」
「私だって、有給休暇ぐらいあるわよ?」
カリンの微笑みの向こうに、十七代目マネージャーの泣き顔が見えた気がした。いや。実際、泣いていることだろう……
「はぁ…………二人とも、無茶して…………」
ボクは、湧き上がる気持ちが涙に変わる前に、大きな溜息とともに、それを吐き出した。
「ほら、マツユキ! 今日は、目一杯遊ぶわよ!」
カリンが、走り出す。
「ああ! カリンさん! 待ってください!」
正史郎が追いかける。
ボクは、幸せ者だ――
――――――――――
遊園地の中は、平日ということもあってか、人の姿は、まばらだった。アトラクションに乗ってしまえば、ボクたちだけの空間になることも多く、ボクも一緒に楽しむことが出来た。
ほとんどの乗り物を制覇しただろうか。そろそろ、日も暮れる時間だ。
すももが、幼稚園で待っていることだろう。
「カリン。そろそろ、すももを迎えに行く時間だよ」
「うん? ああ。すももなら、大丈夫よ。ナツメに頼んであるから。今日は、ナツメの家に泊まるようにも言ってあるから、心配しないで」
正史郎を見上げると、やはり、苦笑いを浮かべながら、首を振っている。どうやら、ボクは、ナツメにも感謝しなければならないようだ。
「ねえ、マツユキ。最後に、あれに乗らない?」
「あれって……」
カリンの指差す先には、この遊園地の名物。『世界で一番星に近い観覧車』。確か、そんな歌い文句で、一世を風靡したのを覚えている。
観覧車の前に辿り着くと、正史郎が、ボクをカリンの頭に乗せた。
「ボクは、疲れたから、そこのベンチで休んでいるよ。二人でいってらっしゃい」
そういうと、正史郎は、大きく伸びをしながら歩いて行ってしまった。
カリンは、頭の上からボクを下ろすと、少し強めにボクを抱き締めた。
カリンの腕の中か……何年振りだろう……
懐かしい香りが、ボクの体を包み込む。
ボクたちは、顔を見合わせると、そのまま観覧車に乗り込んだ。ぬいぐるみを抱いて一人で乗る女性の姿に違和感を覚えたのだろう。もぎりのおじさんが、面白い顔をしていたが、面白い顔だったので、気にしないことにした。
観覧車に乗ると、カリンは、外の景色を眺めながら、ポツリポツリと昔話を始めた。
「マツユキ。見て! あの高台! よく、しずくを掬いに行ったわよね?」
「うん。そうだね……はははは……そういえば、一度、靴が脱げて、盛大に水溜りに落ちたこともあったっけ?」
理由は忘れてしまったが、その時、慌てていたカリンは、靴紐をちゃんと縛らずに星のしずくを掬いに出かけた。そんなときに限って、動きの速いしずくが相手だった。カリンの激しい動きに悲鳴を上げたカリンの靴は、その圧力に耐えきれず、カリンを残して大空を飛んだのだった。バランスを崩したカリンは、勢いに任せて、そのまま水溜りにドボン。
すると、カリンが、口を尖らせた。
「マツユキ、そんなことばかり覚えてるんだから……」
拗ねるカリンの表情が、水溜りに落ちた時の表情と重なり、ボクは、お腹を抱えて笑い出してしまった。
「あはははははっ……!」
「ちょっと、マツユキ? 笑いすぎよ?」
「ああ……はぁ……はぁ……ごめん、ごめん。でも、あれがあったから、正史郎にも出会えたんだよね」
そう。結局、星のしずくを掬うのに失敗したカリンは、その場で泣き崩れてしまった。そんなカリンに手を差し伸べたが、正史郎だったのだ。
「うん……そうね……」
そういって、カリンは、窓の外をぼんやりと眺め始める。今日という一日を照らして続けてくれた太陽が沈んでいく。ボクは、そっと、「ありがとう」と呟いた。
「? 何か言った?」
「ううん。別に……」
ゆっくりと夕日が沈んでいく。
そして、空には、星が輝き始めた。
「ねえ、カリン」
「うん……」
「前もこうして、二人で乗ったことあったよね?」
「『この揺り籠が、空に一番近づいたとき……』」
カリンが、そこで言葉を止めた。ボクは、その続きを紡ぎ出す。
「『この星空は、ボクたちのもの』」
ボクたちは、顔を見合わせる。
「そっか……覚えていてくれたんだね……」
「そうね。マツユキにしては、いい台詞だったもの……」
その頂上まで、後少し。ボクとカリンは、空を見上げた。
…3……2………1…………
頂上に辿り着いた瞬間、大きな星が流れていくのが見えた。
「カリン! 今、月の横を――」
「ええ。星のしずくよ!」
ボクたちは、顔を見合わせる。どうやら、最後の仕事が出来たようだ。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第06話「ボクがきえるひ」
「カリン」
ボクは、二日ぶりに、主の部屋の扉を叩いた。
「マツユキ? すもものところにいなくていいの?」
「うん。さっきのすももの顔、見ていただろう? すももに友達が……ううん。きっと、親友と呼べる人が出来たんじゃないかな? ボクの役目は、もう無いさ」
「それもそうね」
カリンも、すももの笑顔を見て感じていたのだろう。微妙に頬が緩んでいる。
「でも、カリンの言う通りだったよ。ボクは、結局、何もしていない。全部、すももが頑張ったから……」
「ううん。そんなことないわ」
ボクの言葉に、カリンが首を振る。
「昨日の夜、すももの背中を押してくれたでしょう?」
カリンは、「ごめんなさい。聞いていたの」と、ボクに謝った。
「ううん。すももが一人で考えていたとしても、同じこと。同じ答えに辿り着いていたはずだよ」
「そうね……そうかもしれない。でも、その答えを見つけられたのは、きっと、今日じゃないわ。もう何日か先のことだと思う。だからね。ありがとう」
何の飾り気も無いお礼を言われ、ボクは、戸惑いながら頬を染める。
すると、カリンが、ボクの額をつつき始めた。
「照れることないのよ? マツユキちゃん?」
「……照れてなんかいないさ」
カリンは、しばらく、ボクの頬を突いて遊んでいたが、少し、真面目な顔になると、こう告げた。
「マツユキ。明日が、あなたの最後の日……残念だけど、これは、もう、変えられないわ……だから、先に言っておく。すもものこと、ありがとう。それから、今まで、本当にありがとう。あなたは、私の……最高のパートナーだったわ」
「カリン……」
「ふふふ……柄にもないこと言っちゃった」
てへっ♪っと、可愛らしくおどけてみせると、ボクから目を逸らし、後ろを向いた。カリンの大きな瞳に、小さな雫が輝いている。だからボクは……
「カリン……その歳で、『てへ』は、興醒めだよ」
ボクは、首を振り、呆れたように見せる。
「ちょっと、マツユキ! それ、どういう意味!?」
カリンも、ボクに調子を合わせる。
「言葉のままさ。きっと、正史郎だって、同じこと言うと思うよ?」
ボクたちの無意味なじゃれ合いは、結局、朝まで続いた。
――――――――――
朝日が昇り始めた頃、ボクは、一度、すももの部屋へと向かった。ドアの前に辿り着くと、いつもはピッタリと閉じているはずのドアに、丁度、ボクが通ることが出来るくらいの隙間が出来ていた。
「しまった……すもも、心配してたよな……」
ボクは、罪悪感を抱きつつ、覚悟を決めて部屋に入ることにした。すると、ボクの気配に気付いたのか、すぐにすももが目を覚ました。
「ユキちゃん! どこ行ってたの? 心配したんだよ?」
すももは、ボクに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、すもも……」
言い訳をするつもりもない。ボクは、ただ、すももの頬をペタペタと撫でながら、謝罪の言葉を繰り返した。
そして、すももが落ち着くのを見計らって、ボクは、最後の嘘を吐くことにした。
「あのね。すもも。昨日、ナコちゃんとお友達になれたよね?」
「うん! とってもいいお友達が出来たよ! ユキちゃん。本当に、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ボクに頭を下げる。
「ううん。すももが頑張ったからだよ」
「ううん。ユキちゃんのおかげだよ」
すももも、カリンと同じことを言う。やっぱり、親子なんだな……
そんなことを思いながら、ボクは、譲り合いの輪を断ち切る。
「だったら……すももは、頑張った。ボクも頑張った。二人で頑張ったからだね」
「うん!」
すももは、素直に肯いてくれた。
「それでね。悪いんだけど……今日は、一緒にいられないんだ」
「え? そうなの?」
すももが、少し寂しそうな顔をする。
「うん。ボクたちはね。対象の子……えっと、ボクの場合は、すももに友達が出来たら、妖精の王様に報告しなければならないんだ。だから、ボクは一度、妖精の国に帰る必要がある。あ! でもね。一度だけ戻ればいいんだ。そうすれば、ボクたちは……ずっと………一緒に…………いられるから……」
尻すぼみになりつつも、ボクは、最後まで言い切った。
しかし、すももは、疑うことを知らないのか、単に言い辛いだけだと思っているのか、
「それじゃあ、いってらっしゃい!」
と、何一つ詮索せずに笑ってくれた。
そんなすももに、心の中で謝りながら、ボクは、すももの前から姿を消した。
これでいい。明日になれば、すももの記憶は、消えているはずだ。すももが、ボクのことで悲しむことはない。
そう。それでいい……
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今日は、カリンがすももを送っていった。二人が出かけた後、ボクは、縁側に座り、お茶を飲みながら空を眺めていた。
「ふふふふ……あの雲、すももと八重野みたいだ……」
そんな独り言を呟いていると、珍しく、正史郎が、ボクに話しかけてきた。
「マツユキくん。今日は、私と出かけたりしてみないかい?」
「え? 正史郎と……? でも、正史郎、原稿の締め切り、今日じゃなかったっけ?」
図星だったのか、正史郎は、苦笑いを浮かべている。
「あははは……まあ……それはそれ。なんとかなるから」
そんな泳いだ目で言われても、正直困るのだが……
しかし、ボクのことは正史郎も知っている。気を使ってくれているのは確かだ。無下に断る理由もない。
「正史郎がそういうなら、別にかまわないけど……」
「それはよかった。それじゃあ、早速、行こうか」
と、ボクを抱き上げると、肩に乗せ、そのまま玄関の方へと歩き出す。
「あの……正史郎?」
「なんだい? マツユキくん」
「やっぱり、その格好で出かけるの?」
「何か、おかしいかい?」
「……うん……いや……いいです……」
作務衣に下駄。さらに、肩には羊のぬいぐるみ。おまけに、正史郎自体が、かなりの美形だ。目立たないわけがないのだが、正史郎は、気にした風も見せない。
とはいえ、いつものことなので、ボクは、黙ってぬいぐるみの振りをすることにした。
――――――――――
正史郎の肩に揺られること数十分。のんびりと歩いて辿り着いた先には、大きな観覧車が見えた。ここは、街外れにある遊園地だ。
「ここは……」
ボクは、思わず、感嘆の声を上げる。すると、
「そう。私とマツユキが、初めて星のしずくを掬った場所……」
そこには、すももを送り、そのまま仕事に出かけたはずのカリンが立っていた。
「え!? カリン? どうしてここに……」
「私だって、有給休暇ぐらいあるわよ?」
カリンの微笑みの向こうに、十七代目マネージャーの泣き顔が見えた気がした。いや。実際、泣いていることだろう……
「はぁ…………二人とも、無茶して…………」
ボクは、湧き上がる気持ちが涙に変わる前に、大きな溜息とともに、それを吐き出した。
「ほら、マツユキ! 今日は、目一杯遊ぶわよ!」
カリンが、走り出す。
「ああ! カリンさん! 待ってください!」
正史郎が追いかける。
ボクは、幸せ者だ――
――――――――――
遊園地の中は、平日ということもあってか、人の姿は、まばらだった。アトラクションに乗ってしまえば、ボクたちだけの空間になることも多く、ボクも一緒に楽しむことが出来た。
ほとんどの乗り物を制覇しただろうか。そろそろ、日も暮れる時間だ。
すももが、幼稚園で待っていることだろう。
「カリン。そろそろ、すももを迎えに行く時間だよ」
「うん? ああ。すももなら、大丈夫よ。ナツメに頼んであるから。今日は、ナツメの家に泊まるようにも言ってあるから、心配しないで」
正史郎を見上げると、やはり、苦笑いを浮かべながら、首を振っている。どうやら、ボクは、ナツメにも感謝しなければならないようだ。
「ねえ、マツユキ。最後に、あれに乗らない?」
「あれって……」
カリンの指差す先には、この遊園地の名物。『世界で一番星に近い観覧車』。確か、そんな歌い文句で、一世を風靡したのを覚えている。
観覧車の前に辿り着くと、正史郎が、ボクをカリンの頭に乗せた。
「ボクは、疲れたから、そこのベンチで休んでいるよ。二人でいってらっしゃい」
そういうと、正史郎は、大きく伸びをしながら歩いて行ってしまった。
カリンは、頭の上からボクを下ろすと、少し強めにボクを抱き締めた。
カリンの腕の中か……何年振りだろう……
懐かしい香りが、ボクの体を包み込む。
ボクたちは、顔を見合わせると、そのまま観覧車に乗り込んだ。ぬいぐるみを抱いて一人で乗る女性の姿に違和感を覚えたのだろう。もぎりのおじさんが、面白い顔をしていたが、面白い顔だったので、気にしないことにした。
観覧車に乗ると、カリンは、外の景色を眺めながら、ポツリポツリと昔話を始めた。
「マツユキ。見て! あの高台! よく、しずくを掬いに行ったわよね?」
「うん。そうだね……はははは……そういえば、一度、靴が脱げて、盛大に水溜りに落ちたこともあったっけ?」
理由は忘れてしまったが、その時、慌てていたカリンは、靴紐をちゃんと縛らずに星のしずくを掬いに出かけた。そんなときに限って、動きの速いしずくが相手だった。カリンの激しい動きに悲鳴を上げたカリンの靴は、その圧力に耐えきれず、カリンを残して大空を飛んだのだった。バランスを崩したカリンは、勢いに任せて、そのまま水溜りにドボン。
すると、カリンが、口を尖らせた。
「マツユキ、そんなことばかり覚えてるんだから……」
拗ねるカリンの表情が、水溜りに落ちた時の表情と重なり、ボクは、お腹を抱えて笑い出してしまった。
「あはははははっ……!」
「ちょっと、マツユキ? 笑いすぎよ?」
「ああ……はぁ……はぁ……ごめん、ごめん。でも、あれがあったから、正史郎にも出会えたんだよね」
そう。結局、星のしずくを掬うのに失敗したカリンは、その場で泣き崩れてしまった。そんなカリンに手を差し伸べたが、正史郎だったのだ。
「うん……そうね……」
そういって、カリンは、窓の外をぼんやりと眺め始める。今日という一日を照らして続けてくれた太陽が沈んでいく。ボクは、そっと、「ありがとう」と呟いた。
「? 何か言った?」
「ううん。別に……」
ゆっくりと夕日が沈んでいく。
そして、空には、星が輝き始めた。
「ねえ、カリン」
「うん……」
「前もこうして、二人で乗ったことあったよね?」
「『この揺り籠が、空に一番近づいたとき……』」
カリンが、そこで言葉を止めた。ボクは、その続きを紡ぎ出す。
「『この星空は、ボクたちのもの』」
ボクたちは、顔を見合わせる。
「そっか……覚えていてくれたんだね……」
「そうね。マツユキにしては、いい台詞だったもの……」
その頂上まで、後少し。ボクとカリンは、空を見上げた。
…3……2………1…………
頂上に辿り着いた瞬間、大きな星が流れていくのが見えた。
「カリン! 今、月の横を――」
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ボクたちは、顔を見合わせる。どうやら、最後の仕事が出来たようだ。
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目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
