2007年08月22日
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第02話
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第02話「そのであいは、ゆうきのはじまり」
身支度を済ませたすももは、カリンと手を繋ぎ、幼稚園への通学路を歩き出す。ボクはといえば、すももの小さな鞄の中で、じっと息を潜めていた。
真新しい鞄。真新しい鉛筆。真新しいノート……まだ、ほんの数回しか使われていない未来の宝物たちに埋もれ、ボクは、少し幸せな気分になる。
外の様子を窺うことは出来ないが、満開の桜の花びらを通り抜けた朝日が、鞄の中に射し込んで来る。澄み渡る空の蒼が、目蓋の裏に映し出される。
やがて、目的地が近くなってきたのか、子供たちの喧騒が聞こえてきた。
ふと、鞄の揺れが止まる。
「じゃあ、すももちゃん。いってらっしゃい」
カリンは、すももの頭を撫でながら、しばしの別れを告げる。すももは、嬉しそうに、
「うん。いってきます!」
と答えて、元気に駆け出した。
――――――――――
すももが教室に入り、自分の机に鞄を置くと、三人の女の子が集まってきた。
「おはようございます。秋姫さん。昨日は、ありがとうございました」
「助かったよ☆」
「さんきゅ♪」
お礼を言われているようだが……すもも、何かしたのだろうか?
「ううん。いいの……」
すももの声が、突然暗くなる。すももにしては珍しく、相手から目を逸らして答えている。すももの俯く顔を見上げると、悲しそうな表情が目に入った。
「それじゃあ、また、お願いしますね」
「ごめんね☆」
「またね♪」
「えっ?……またって? あのっ……」
すももは、顔を上げ、引き止めようとしたようだが、三人には聞こえなかったのか、気付く事なく、そのまま行ってしまった。
ボクは、何があったのか聴こうと、すももに声をかけようとした。しかし、運悪く、担任の教師らしき人が入ってきてしまった。
「ほらほら、皆、席に着きましょうね!」
走り回る生徒たちに手を焼く教師の姿が見える。しかし、その顔に浮かぶのは、満面の笑顔だ。
「(すもも、いい先生に出会えたみたいだな……)」
ふと、そんな教師と子供たちの姿に、ボクとカリンの姿が重なった。懐かしさが込み上げてくる。
「(うん。ボクが教師で、カリンが、幼稚園児だな)」
そんなことを考えながら、ボクは、鞄の中で、こっそり微笑んだ。
――――――――――
気がつくと、陽の光が、赤く染まり始めていた。
あの三人とすももの関係を聴くことはおろか、鞄から出ることも出来なかった。
ここは、幼稚園だ。子供たちは、常に走り回っているし、昼寝の時間になれば、すももも一緒に眠ってしまう。やはり、ここですももと話すのは、難しいのだろうか……
やがて、子供たちが、迎えにきた両親に連れられて、一人一人帰っていく。今日は、正史郎が迎えにくる予定になっていたはずだが……少し遅れているようだ。
退屈なのか、すももが、鞄の中からボクを出して話しかけてきた。
「ユキちゃん。パパ、遅いね」
ボクは、軽く周りを確認すると、出来る限り表情を変えないように、かすかに首を縦に動かした。
すると、ボクの姿が見えたのか、今朝の三人組が、こちらにやってきた。
「あら。秋姫さん。可愛らしいぬいぐるみさんね。わたくしたちにも、貸してくださらない?」
「うんうん。可愛い☆」
「ひつじさん〜。ひつじさん〜♪」
次の瞬間、ボクは、言葉遣いだけは、やたらと丁寧な子の腕の中にいた。
「あ……あの……白鳥さん……」
すももは、半分泣き顔で、その子の名前を呼んだ。
「どうしたの? 秋姫さん。ちょっと、お借りしたいと言っているだけですわ…………明日までね」
「それとも、来週?☆」
「ずっとかもね♪」
そして、三人は、ボクをボールのように投げ始めた。
「あ……あの……」
すももが、ボクを奪いに行こうとすると、その子は、隣の子に向かってボクを投げる。結局、すももは、三人の間をグルグル回りながら、オロオロするばかりだ。
(な……なんとかしなくちゃ……)
そうは思うものの、ここでむやみに動き出す訳にもいかない。
成す術も無く、ボクは、空を飛び続ける。
何度、空を飛んだだろうか、ボクが辿り着いた先は、それまでに感じたことのない、力強い腕の中だった。見上げると、すももより頭一つ分以上大きいだろうか? 男の子かとも思ったが、腰の辺りで切りそろえられた長い黒髪がそれを許さない。酷く無表情だが、端正なその顔立ちは、美少女と言って差し支えない。いや。美少女という言葉だけでは、足りないかもしれない。このクラスの中で……いや、園内でも、一際目立つであろう少女がそこにいた。
「あら、八重野さんではありませんこと? そのぬいぐるみ、わたくしたちのものですの。申し訳ありませんが、返していただけるかしら?」
ノウノウと言い放つ白鳥。八重野という少女と仲が悪いのか、穏やかな声とは裏腹に、忌々しそうな視線を向けて睨みつけている。
八重野も、少し厳しい顔つきに変わり、
「これは、秋姫さんのもの。違う?」
「ええ。ですから、『わたくしたちのもの』と申し上げましたわ」
「……っ!」
白鳥の瞳に込められた嘲笑に、八重野の表情が硬くなる。同時に、八重野の腕が小刻みに震えだした。
すると、
「瑞希さん、友枝さん、蘭さん」
「お母様!」
白鳥が、元気よく返事をする。どうやら、白鳥の母親が迎えに来たようだ。取り巻きの二人も一緒なのか、同時に駆け寄っていく。三人は、白鳥の母親に手を引かれ、そのまま、帰って行った。
八重野は、悔しそうに、ボクを握る手に力を込めた。
(うっ……ちょっと、苦しいかも……)
そう、思いつつも、すももを助けてくれたこの少女には、感謝の言葉もなかった。
白鳥の姿が見えなくなり、安心したのか、すももがこちらに駆け寄ってくる。
「八重野さん。助けてくれて、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ちょこんと頭を下げる。
しかし、八重野は、すももを見つめながらも、言葉すら発することなく、ただ、無表情にすももを見下ろしていた。
「あ……あの……」
気付くと、すももは、再び涙目に戻っていた。助けてくれたはずの八重野が、ボクを持ったまま、ただ立ち尽くしている。そんな八重野の姿は、ボクの目から見ても異様としか言いようがなかった。
どれだけ見つめ合っていたのだろう。ふいに、八重野が口を開いた。
「秋姫さん」
「は……はひぃ!」
すももは、怯えた子犬のようにビクリと返事をする。
「何か、用事でもあるの?」
「……え?」「(えっ!?)」
ボクは、危うく声を上げそうになった。すももが言いたいこと。八重野は、わかっているはずだ。だからこそ、すももを助けたのではないのか?
そのとき、すももの瞳と、八重野の腕に抱かれたボクの瞳が重なった。
すると、すももの中で、何かが変わったのだろうか? その瞳が、強い光を宿し始めた。
そして、すももが持つ限りの大きな声で言った。
「八重野さん! その子、とても大切な、わたしのお友達なの! だから、お願い! 返して!」
言い終わると、すももは、気が抜けたのか、床にペタンと座り込んだ。
すると、八重野は、すももの頭に大きな手の平を乗せ、ゆっくりと口を開いた。
「秋姫さん」
すももが、八重野と目を合わせる。
「……あなたは、私に、「この子を返して欲しい」ということが出来た。それなのに、あの三人の前で、何も言うことが出来なかったのは、何故?…………私とあの三人は、何か違うの?」
すももは、目を見開き、八重野の顔を見つめている。八重野は、すももの手にボクを握らせると、そのまま扉の方へと歩き出した。すると、丁度、一人の女性が顔を出した。
「あら、撫子。丁度よかったわ。帰るわよ」
「はい」
どうやら、八重野の母親と鉢合わせたようだ。
八重野は、扉の前で、一度、こちらを振り向くと、
「秋姫さん。少し、考えてみて」
そういって、立ち去っていった。
すももは、ボクを抱いたまま、正史郎が迎えにくるまで、ぼーっと扉の向こうを見つめていた。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第02話「そのであいは、ゆうきのはじまり」
身支度を済ませたすももは、カリンと手を繋ぎ、幼稚園への通学路を歩き出す。ボクはといえば、すももの小さな鞄の中で、じっと息を潜めていた。
真新しい鞄。真新しい鉛筆。真新しいノート……まだ、ほんの数回しか使われていない未来の宝物たちに埋もれ、ボクは、少し幸せな気分になる。
外の様子を窺うことは出来ないが、満開の桜の花びらを通り抜けた朝日が、鞄の中に射し込んで来る。澄み渡る空の蒼が、目蓋の裏に映し出される。
やがて、目的地が近くなってきたのか、子供たちの喧騒が聞こえてきた。
ふと、鞄の揺れが止まる。
「じゃあ、すももちゃん。いってらっしゃい」
カリンは、すももの頭を撫でながら、しばしの別れを告げる。すももは、嬉しそうに、
「うん。いってきます!」
と答えて、元気に駆け出した。
――――――――――
すももが教室に入り、自分の机に鞄を置くと、三人の女の子が集まってきた。
「おはようございます。秋姫さん。昨日は、ありがとうございました」
「助かったよ☆」
「さんきゅ♪」
お礼を言われているようだが……すもも、何かしたのだろうか?
「ううん。いいの……」
すももの声が、突然暗くなる。すももにしては珍しく、相手から目を逸らして答えている。すももの俯く顔を見上げると、悲しそうな表情が目に入った。
「それじゃあ、また、お願いしますね」
「ごめんね☆」
「またね♪」
「えっ?……またって? あのっ……」
すももは、顔を上げ、引き止めようとしたようだが、三人には聞こえなかったのか、気付く事なく、そのまま行ってしまった。
ボクは、何があったのか聴こうと、すももに声をかけようとした。しかし、運悪く、担任の教師らしき人が入ってきてしまった。
「ほらほら、皆、席に着きましょうね!」
走り回る生徒たちに手を焼く教師の姿が見える。しかし、その顔に浮かぶのは、満面の笑顔だ。
「(すもも、いい先生に出会えたみたいだな……)」
ふと、そんな教師と子供たちの姿に、ボクとカリンの姿が重なった。懐かしさが込み上げてくる。
「(うん。ボクが教師で、カリンが、幼稚園児だな)」
そんなことを考えながら、ボクは、鞄の中で、こっそり微笑んだ。
――――――――――
気がつくと、陽の光が、赤く染まり始めていた。
あの三人とすももの関係を聴くことはおろか、鞄から出ることも出来なかった。
ここは、幼稚園だ。子供たちは、常に走り回っているし、昼寝の時間になれば、すももも一緒に眠ってしまう。やはり、ここですももと話すのは、難しいのだろうか……
やがて、子供たちが、迎えにきた両親に連れられて、一人一人帰っていく。今日は、正史郎が迎えにくる予定になっていたはずだが……少し遅れているようだ。
退屈なのか、すももが、鞄の中からボクを出して話しかけてきた。
「ユキちゃん。パパ、遅いね」
ボクは、軽く周りを確認すると、出来る限り表情を変えないように、かすかに首を縦に動かした。
すると、ボクの姿が見えたのか、今朝の三人組が、こちらにやってきた。
「あら。秋姫さん。可愛らしいぬいぐるみさんね。わたくしたちにも、貸してくださらない?」
「うんうん。可愛い☆」
「ひつじさん〜。ひつじさん〜♪」
次の瞬間、ボクは、言葉遣いだけは、やたらと丁寧な子の腕の中にいた。
「あ……あの……白鳥さん……」
すももは、半分泣き顔で、その子の名前を呼んだ。
「どうしたの? 秋姫さん。ちょっと、お借りしたいと言っているだけですわ…………明日までね」
「それとも、来週?☆」
「ずっとかもね♪」
そして、三人は、ボクをボールのように投げ始めた。
「あ……あの……」
すももが、ボクを奪いに行こうとすると、その子は、隣の子に向かってボクを投げる。結局、すももは、三人の間をグルグル回りながら、オロオロするばかりだ。
(な……なんとかしなくちゃ……)
そうは思うものの、ここでむやみに動き出す訳にもいかない。
成す術も無く、ボクは、空を飛び続ける。
何度、空を飛んだだろうか、ボクが辿り着いた先は、それまでに感じたことのない、力強い腕の中だった。見上げると、すももより頭一つ分以上大きいだろうか? 男の子かとも思ったが、腰の辺りで切りそろえられた長い黒髪がそれを許さない。酷く無表情だが、端正なその顔立ちは、美少女と言って差し支えない。いや。美少女という言葉だけでは、足りないかもしれない。このクラスの中で……いや、園内でも、一際目立つであろう少女がそこにいた。
「あら、八重野さんではありませんこと? そのぬいぐるみ、わたくしたちのものですの。申し訳ありませんが、返していただけるかしら?」
ノウノウと言い放つ白鳥。八重野という少女と仲が悪いのか、穏やかな声とは裏腹に、忌々しそうな視線を向けて睨みつけている。
八重野も、少し厳しい顔つきに変わり、
「これは、秋姫さんのもの。違う?」
「ええ。ですから、『わたくしたちのもの』と申し上げましたわ」
「……っ!」
白鳥の瞳に込められた嘲笑に、八重野の表情が硬くなる。同時に、八重野の腕が小刻みに震えだした。
すると、
「瑞希さん、友枝さん、蘭さん」
「お母様!」
白鳥が、元気よく返事をする。どうやら、白鳥の母親が迎えに来たようだ。取り巻きの二人も一緒なのか、同時に駆け寄っていく。三人は、白鳥の母親に手を引かれ、そのまま、帰って行った。
八重野は、悔しそうに、ボクを握る手に力を込めた。
(うっ……ちょっと、苦しいかも……)
そう、思いつつも、すももを助けてくれたこの少女には、感謝の言葉もなかった。
白鳥の姿が見えなくなり、安心したのか、すももがこちらに駆け寄ってくる。
「八重野さん。助けてくれて、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ちょこんと頭を下げる。
しかし、八重野は、すももを見つめながらも、言葉すら発することなく、ただ、無表情にすももを見下ろしていた。
「あ……あの……」
気付くと、すももは、再び涙目に戻っていた。助けてくれたはずの八重野が、ボクを持ったまま、ただ立ち尽くしている。そんな八重野の姿は、ボクの目から見ても異様としか言いようがなかった。
どれだけ見つめ合っていたのだろう。ふいに、八重野が口を開いた。
「秋姫さん」
「は……はひぃ!」
すももは、怯えた子犬のようにビクリと返事をする。
「何か、用事でもあるの?」
「……え?」「(えっ!?)」
ボクは、危うく声を上げそうになった。すももが言いたいこと。八重野は、わかっているはずだ。だからこそ、すももを助けたのではないのか?
そのとき、すももの瞳と、八重野の腕に抱かれたボクの瞳が重なった。
すると、すももの中で、何かが変わったのだろうか? その瞳が、強い光を宿し始めた。
そして、すももが持つ限りの大きな声で言った。
「八重野さん! その子、とても大切な、わたしのお友達なの! だから、お願い! 返して!」
言い終わると、すももは、気が抜けたのか、床にペタンと座り込んだ。
すると、八重野は、すももの頭に大きな手の平を乗せ、ゆっくりと口を開いた。
「秋姫さん」
すももが、八重野と目を合わせる。
「……あなたは、私に、「この子を返して欲しい」ということが出来た。それなのに、あの三人の前で、何も言うことが出来なかったのは、何故?…………私とあの三人は、何か違うの?」
すももは、目を見開き、八重野の顔を見つめている。八重野は、すももの手にボクを握らせると、そのまま扉の方へと歩き出した。すると、丁度、一人の女性が顔を出した。
「あら、撫子。丁度よかったわ。帰るわよ」
「はい」
どうやら、八重野の母親と鉢合わせたようだ。
八重野は、扉の前で、一度、こちらを振り向くと、
「秋姫さん。少し、考えてみて」
そういって、立ち去っていった。
すももは、ボクを抱いたまま、正史郎が迎えにくるまで、ぼーっと扉の向こうを見つめていた。
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/52107203
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/52107203
この記事へのトラックバック
目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
