2007年08月22日

〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜プロローグ

ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
 
「プロローグ」

 
 桜の香を乗せた夜風が吹きこむ小さな部屋の中。サラサラと、小川が流れるような筆を滑らせる音が響き渡っている。机の上の小さなスタンドライトの明かりだけが、カリンの手元を照らしている。
 何か、アイデアが浮かんだのだろうか。カリンの筆の先から、瞬く間に純白のドレスが浮かび上がってくる。
 1枚……2枚……
 その鮮やかなペン先は、止まることなく踊り続ける。
 日付が変わってから数時間が経過している。しかし、いつものことだ。きっと、朝までこのままだろう。
 そう見切りを付けたボクは、机の上に乗ると、小さくその名を呼んだ。
「カリン?」
「どうしたの? マツユキ。出来れば、後にして欲しいんだけど」
 カリンは、チラッと、こちらに視線を向けたものの、筆を走らせたまま、不機嫌な返事を返した。しかし、先延ばしにするわけにもいかない。ボクは、そのまま続けることにした。
「すもものことなんだけど……お願いがあるんだ」
 すももの名前を出したからか、カリンの指が、ピタリと動きを止めた。そして、ボクの方を振り向きながら言った。
「すももが……どうかしたの?」
「うん……ここ数日、元気ないなって……」
 すももが幼稚園に入園してから、数日が経つ。初めの頃は、瞳を輝かせて喜んでいたものの、最近、その笑顔が曇りがちなのだ。
「うーん。そうね。まだ、お友達も出来ていないようだし……でも、まだ、入って何日も経っていないわ。そんなに、心配する必要もないと思うけれど」
 カリンは、あごに指を当て、空を仰ぎながら言った。そして、「時間が解決してくれるわよ」と、ボクに微笑みかけた。
 確かに、そうかもしれない。すももは、とても優しい子だ。少し引っ込み思案な所が、すぐに溶け込めない理由だろう。やはり、時間の問題……いや。だからこそ、ボクには、話を続ける必要があった。
「あのね。ボクなら、ぬいぐるみの振りさえしていれば、いつでもすももの傍にいることが出来ると思うんだ。ほら。隣にいれば、少し背中を押してあげることくらい出来るかもしれないだろ?」
 カリンは、ボクが言いたいことを察したのか、驚きの表情を見せた。
「……ちょっと待って! まさか、すももと会わせてとか言うつもりじゃないでしょうね?」
 カリンの言葉に、ボクは、首を縦に振る。
「一日でも早く、すももに友達を作ってあげたい。ダメかな……?」
 カリンは、少し慌てた様子で言った。
「マツユキ。あなたは、フィグラーレの力で動いているのよ? すももは、私の娘だけれど、レトロシェーナの人間なの。フィグラーレの魔法は、レトロシェーナの人に知られてはいけないのよ?」
 もちろん、ボクも知っている。でも……
「カリン。どうしても、ダメかな……?」
 カリンは、たっぷりと、30秒考えた後、
「…………ごめんなさい。『はい』とは言えないわ」
 瞳を伏せながら、そう答えた。
 しかし、ここで諦める訳にはいかないボクは、質問を変えることにした。
「それじゃあ、カリン。ボクの質問に、答えてくれる?」
「?……ええ。かまわないけれど?」
「ボクって、後、何日動けるのかな?」
「?…………っ!!!」
 カリンが、一瞬、目を見開く。しかし、そのうち気付かれるであろうことは、覚悟していたのだろう。すぐに落ち着きを取り戻すと、少し低い声色で言った。
「気付いていたのね……」
「うん」
 ボクは、カリンに召還された『使い魔』という存在だ。使い魔とは、主の召還の言葉によりその生を受け、一人前のスピニアになるまでの間、その成長を助ける役目を果たす。普通、主がスピニアになったとき、その役目を終え、眠りにつく。
 しかし、当時のスピニアの中でも、飛び抜けて大きな魔力を持っていたカリンは、まだ、自分の力を制御することが出来ずにいたこともあり、ボクを呼び出す儀式を暴走させてしまった。幸いなことに、物理的な被害は皆無といってよかったが、暴走の副作用とでも言うべきか……ボクは、カリンがスピニアになった後も、かなり長い間動くことが出来てしまうという特異体質を持って産まれることとなった。
 しかし、そんな時間も、無限ではないようで、ボクの体は、段々と思うように動かなくなってきていた。
 ふと、カリンが、本棚の隣に立てかけてあるカレンダーに目を落とした。今日の日付と、小さな印が付けられた日付との間を、視線が行き来する。
「……そうね。後3日……といったところかしら……」
 よく見ると、その小さな印は、ボクの顔になっているようだ。
 そっか……後3日か……
「ねぇ、カリン。確かに、何日か待てば、解決する問題だと思う。でも、ボクには、後3日しか、時間がない」
「…………」
「ボクね。最後に、もう一度だけ、すももの笑顔が見たい…………ダメかな?」
 ようするに、ただ、それだけのことだ。
 カリンは、なんだか、寂しげな表情を浮かべながら、厳しい顔をすると、感情を捨てた声で告げた。
「……すももは、あなたのこと……忘れてしまうわよ?」
 言葉は違ったかもしれない。しかし、カリンは、ハッキリと言った。
 『すももの記憶を消す』と。
 それは、フィグラーレの魔法を見られてしまったときの対処法。
 その人のフィグラーレに関する記憶を消すという最終手段……
 しかし、それも、覚悟の上だ。
「今だって、すももは、ボクのことをぬいぐるみとしか思ってないよ。ぬいぐるみが、ぬいぐるみになるだけさ――」
 少し、声がどもってしまったかもしれない。そんなボクに、
「……本当に……」
 
 本当にいいの?
 
 カリンは、そう、問いかけたかったのだろう。しかし、ボクは、首を振り、カリンの言葉を遮った。
 その問いを、迷わず肯定する自信は無かったから――
 すると、カリンは、深く椅子に座り直し、クルリと背中を向けながら言った。
「わかったわ。マツユキの好きにしなさい……でも、そんな我儘、もう、二度と聞かないんだからね」
 そして、この話はお仕舞いとばかりに、また、筆を走らせ始めた。その背中が、やけに小さく見えた。
「……ありがとう」
 少し、強引過ぎただろうか……ボクは、小さなモヤモヤを抱きながら、カリンに背中を向けて歩き出した。
 そして、ドアの前で、ふと立ち止まる。一つだけ、どうしても気になることがあったから。
「ねえ、カリン」
「まだ、何か用?」
「すもものこと。どうして、そうやって放っていられるの?」
 すももに対するカリンの態度は、冷たく見えた。しかし、同時に、温かさも感じられた。
 そんなカリンの姿が、ボクには不思議だったのだ。
 すると、カリンは、呆れたように答える。
「私は……すももを信じているもの」
「…………そっか」
 後ろを向くカリンの背中は、優しく微笑んでいるように見えた。
 ボクは、カリンの温かさを背に、すももの部屋へと向かっていった。
posted by はっぱ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | SS
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目次

ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
  ・「プロローグ」
  ・第01回「ずっといっしょ……」
  ・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
  ・第03回「なでしこのことば」
  ・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
  ・第05回「ふたりのてのひら」
  ・第06回「ボクがきえるひ」
  ・第07回「にびいろのしずく」
  ・第08回「せいしろうとぼく」
  ・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
  ・「エピローグ」
  ・あとがき

冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
  ・「オー!ユッキー その3」
  ・「オー!ユッキー その2」
  ・「オー!ユッキー その1」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
  ・「ユキちゃんの一日」
  ・「ユキちゃんの一日 その2」
  ・「ユキちゃんの一日 その3」
  ・「ユキちゃんの一日 その4」
  ・「ユキちゃんの一日 その5」
  ・「ユキちゃんの一日 その6」

ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
  ・はじめに
  ・第01回「はじまり」
  ・第02回「たいへんたいへん」
  ・第03回「すもものムチャ」
  ・第04回「ふたりといっぴき」
  ・第05回「ほしのはな」
  ・第06回「すもものなみだ」
  ・第07回「りべんじ」
  ・第08回「ここはどこ?」
  ・第09回「ほしぞらのしたで……」
  ・第10回「さかないの?」
  ・第11回「みんなのねがい」
  ・最終回「キミにむけるほほえみ」
  ・あとがき