2007年06月03日
第06回「すもものなみだ」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
第06回 「すもものなみだ」
部屋を出ると、秋姫は、鞄を取りに、一度教室に向かった。
そろそろ夕暮れが近いのか、窓から差し込む光が赤みを帯び始めている。秋姫は、教室に入ると、自分の鞄を取り、すぐに踵を返す。
教室を出ようとしたところで、秋姫の足が止まる。何か気になるのか、秋姫は、どこかを見つめているようだ。
「すもも? どうしたの?」
「あ……ううん。なんでもないの。ねえ、ユキちゃん。少し、温室に寄ってもいいかな?」
「うん。いいけど」
俺がそう答えると、秋姫が歩き出す。秋姫の視線の先に何があったのか……結局、俺にはわからなかった。
――――――――――
温室に着くと、辺りは、もう夕焼け色に染まっていた。柔らかな赤い光りが立ち込める中、秋姫は、奥の花壇へと向かう。昨日、気になると言っていたところに行くのだろう。
秋姫が花壇に座り込むと、腕の中の俺に話しかける。
「ねぇ。ユキちゃん。ユキちゃんの国には、こういうお花って、あるのかな?」
「ん? ボクの国の花?」
ぬいぐるみの国の花か……考えたこともなかったな……
「そうだね。ここにあるような花、たくさんあるよ」
俺は、秋姫に話を合わせてみる。
「うわぁ! そうなんだ……でも、こんなに大きなお花がたくさん咲いてたら、ユキちゃんたち、歩けなくなったりしないのかな?」
う゛っ……秋姫が、いつになく鋭い……
「え〜っと……ボクたち、普段は花の上を移動するんだ。ピョンピョンってね」
慌てて言い繕い、秋姫に微笑かけてみる。秋姫を見上げると、瞳がうるうると星のように輝いている。もしかして、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
「ユキちゃんたち、お花の上を歩けるの!? すご〜い! 妖精さんみたい。ねぇ。ユキちゃん……」
秋姫の期待に満ちた瞳が、見せて見せてと物語る。やはり、答えを間違えたらしい。
「ええ〜〜っとぉ〜〜……ボクたちの国のお花はね。ここのお花と違って、もっと茎が太くて、丈夫に出来てるんだ。だから、ここでは難しいかな。それに、せっかくすももが育てた花を折っちゃたりしたら大変だし……あははは……」
そういって、乾いた笑い声をあげる。
「そっか……それじゃあ、しょうがないね……」
秋姫の残念そうな声に心が痛む。
(ごめん。秋姫。俺には……無理)
すると、突然、秋姫が立ち上がる。
「あ! ユキちゃん! いいもの見せてあげる」
秋姫は、俺を抱え直すと、どこかに走り出した。
「え? ええ!?」
と思うと、すぐに止まった。
「うわぁ! って、すもも? どうしたの?」
「ユキちゃん……」
突然うつむく秋姫。
「あれ? どうしたの? すもも?」
秋姫は、ゆっくり顔を上げると、
「……やっぱり、秘密♪」
悪戯っ子のような微笑を浮かべる秋姫。
「ゑ?」
「うん。ヒ・ミ・ツ♪」
「えぇ〜っ!」
「だぁ〜め! ユキちゃんだって、見せてくれなかったじゃない」
「あ……う……」
そういわれると、反論出来ない……
「うん。お相子だよ。それじゃあ、ユキちゃん。そろそろ、帰ろう」
(ごめんね、ユキちゃん。石蕗くんとの、大切な秘密にしたいから……)
「ん? すもも? 何か言った?」
「ううん。なんでもない」
いつにない、秋姫の勢いに押され、温室を後にする。
それにしても、秋姫は、何を見せたかったのだろう?
――――――――――
帰り道、ふと、八重野がいないことに思い当る。
「そういえば、ナコちゃん見かけなかったけど、どうしたの?」
「今日は、お稽古の日だったみたい。先に帰ったよ」
「そう。それじゃあ、このまま帰ろうか」
「あ……うん……」
何か気になることでもあるのか、秋姫が答えに詰まる。
「すもも? どこか寄りたいところでもあるの?」
「あ……うん……ユキちゃん。遠回りになるけど、寄り道してもいいかな?」
「うん。ボクはかまわないよ」
「ありがとう」
秋姫は微笑むと、俺を左手に抱えて、帰り道とは逆の方向に歩き出す。
少し歩くと、子供たちの笑い声とすれ違う。あの子たちは、家に帰るのだろう。
見上げると、秋姫の思い詰めたような表情が飛び込んでくる。
「ねぇ、すもも。どこへ行くつもりなの?」
「……えっとね。病院」
「えっ!? すもも、もしかして昨日の風邪、治ってなかったの?」
「ううん。わたしは大丈夫。……きっと、ユキちゃんのおかげだよ」
俺のおかげ?
「すもも? ボクは、なにもしてないよ?」
「そんなことないよ。昨日ね。とっても安心して眠れたの。わたしの手を握ってくれてたの、ユキちゃんだったんだよね?」
「あ……うん……」
俺を抱える秋姫の腕に、少し力が加わる。秋姫の体温が、より近くに感じられた。
夕暮れの風が、火照る頬を撫でていった。
――――――――――
秋姫が足を止める。目の前に建つのは、星ヶ丘総合病院。この辺りでは、一番大きな病院だ。
「石蕗くん……」
ふいに、秋姫が俺の名前を呼ぶ。
(そうか……秋姫、俺のこと気にしてくれてたんだ……)
秋姫の気持ちは、素直に嬉しいと感じられた。しかし、秋姫の捜す『石蕗正晴』はここにはいない。だから俺は、こんなことしか言うことが出来なかった。
「ねぇ。すもも。今日はもう、診察終わってるよ。お……石蕗君も朝から来てるはずだし、もう帰ってるんじゃないかな?」
「うん。そうだよね。わたしもそう思う……うん……でもね……」
頭の上に、温かいしずく降り注ぎ始めた。
「わたしが倒れなければ、石蕗くんは怪我しなかったの……わたしが風邪をひかなければ、今日も一緒に笑えたの……だから……だから、一言謝りたくて……でもわたし、石蕗くんに会うのが怖いの。嫌われていたらどうしよう?って考えると、すごく怖いの……本当は、石蕗くんの部屋を訪ねればいいってわかってる……でも、怖いの……でも、一目でいいの……石蕗くんに……」
「すもも……」
俺は、秋姫の体をよじ登る。秋姫の頭の上に乗ると、頭を撫でながら、そっと囁いた。
「すもも。石蕗君は、すもものこと嫌ってなんかないよ。だって、石蕗君は、すももを助けてくれたんだよ。自分が助けようと思った人が無事なら、それでいいと思うんじゃないかな?」
「でも、石蕗くん、わたしがいなければ、痛い思いすることも、病院にくることもなかったんだよ!」
「…………ねえ。すもも……石蕗君は……石蕗君って、そんなことで人を嫌いになるような人なの?」
秋姫が息を呑む。
「…………ううん。石蕗くんは、そんな人じゃない……」
「そう……それなら、きっとそうなんだよ。ほら。涙を拭いて」
「うん……ありがとう、ユキちゃん」
秋姫の瞳は、涙で赤くなっていたけれど、俺に向けるその笑顔は、雲が晴れた空のように輝いていた。
「ありがとう。ユキちゃん。わたし、石蕗くんに、謝ってくる」
「うん」
(って、すもも、今から寮に行くつもりか!?)
慌てる俺だったが、何故か、秋姫も驚いたような表情をしている。
「あっ! もうこんな時間! そろそろ、昨日、しずくを取りに行った時間だよ。ユキちゃん。行こう!」
「ん……ああ……でも……」
「石蕗くんに謝ることは、明日でも出来るけど……でも、ユキちゃんの病気を治すことは、今しか出来ないんだよ。それに、ユキちゃんがいなければ、わたし、石蕗くんのところに行こうなんて思わなかったから……」
「すもも……ありがとう」
「ううん。わたしの方こそ、ありがとう」
そして俺たちは、虹のしずくを求めて高台へと向かうのだった。
秋姫の浮かべる微笑が、しばらく頭を離れなかった。
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
第06回 「すもものなみだ」
部屋を出ると、秋姫は、鞄を取りに、一度教室に向かった。
そろそろ夕暮れが近いのか、窓から差し込む光が赤みを帯び始めている。秋姫は、教室に入ると、自分の鞄を取り、すぐに踵を返す。
教室を出ようとしたところで、秋姫の足が止まる。何か気になるのか、秋姫は、どこかを見つめているようだ。
「すもも? どうしたの?」
「あ……ううん。なんでもないの。ねえ、ユキちゃん。少し、温室に寄ってもいいかな?」
「うん。いいけど」
俺がそう答えると、秋姫が歩き出す。秋姫の視線の先に何があったのか……結局、俺にはわからなかった。
――――――――――
温室に着くと、辺りは、もう夕焼け色に染まっていた。柔らかな赤い光りが立ち込める中、秋姫は、奥の花壇へと向かう。昨日、気になると言っていたところに行くのだろう。
秋姫が花壇に座り込むと、腕の中の俺に話しかける。
「ねぇ。ユキちゃん。ユキちゃんの国には、こういうお花って、あるのかな?」
「ん? ボクの国の花?」
ぬいぐるみの国の花か……考えたこともなかったな……
「そうだね。ここにあるような花、たくさんあるよ」
俺は、秋姫に話を合わせてみる。
「うわぁ! そうなんだ……でも、こんなに大きなお花がたくさん咲いてたら、ユキちゃんたち、歩けなくなったりしないのかな?」
う゛っ……秋姫が、いつになく鋭い……
「え〜っと……ボクたち、普段は花の上を移動するんだ。ピョンピョンってね」
慌てて言い繕い、秋姫に微笑かけてみる。秋姫を見上げると、瞳がうるうると星のように輝いている。もしかして、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
「ユキちゃんたち、お花の上を歩けるの!? すご〜い! 妖精さんみたい。ねぇ。ユキちゃん……」
秋姫の期待に満ちた瞳が、見せて見せてと物語る。やはり、答えを間違えたらしい。
「ええ〜〜っとぉ〜〜……ボクたちの国のお花はね。ここのお花と違って、もっと茎が太くて、丈夫に出来てるんだ。だから、ここでは難しいかな。それに、せっかくすももが育てた花を折っちゃたりしたら大変だし……あははは……」
そういって、乾いた笑い声をあげる。
「そっか……それじゃあ、しょうがないね……」
秋姫の残念そうな声に心が痛む。
(ごめん。秋姫。俺には……無理)
すると、突然、秋姫が立ち上がる。
「あ! ユキちゃん! いいもの見せてあげる」
秋姫は、俺を抱え直すと、どこかに走り出した。
「え? ええ!?」
と思うと、すぐに止まった。
「うわぁ! って、すもも? どうしたの?」
「ユキちゃん……」
突然うつむく秋姫。
「あれ? どうしたの? すもも?」
秋姫は、ゆっくり顔を上げると、
「……やっぱり、秘密♪」
悪戯っ子のような微笑を浮かべる秋姫。
「ゑ?」
「うん。ヒ・ミ・ツ♪」
「えぇ〜っ!」
「だぁ〜め! ユキちゃんだって、見せてくれなかったじゃない」
「あ……う……」
そういわれると、反論出来ない……
「うん。お相子だよ。それじゃあ、ユキちゃん。そろそろ、帰ろう」
(ごめんね、ユキちゃん。石蕗くんとの、大切な秘密にしたいから……)
「ん? すもも? 何か言った?」
「ううん。なんでもない」
いつにない、秋姫の勢いに押され、温室を後にする。
それにしても、秋姫は、何を見せたかったのだろう?
――――――――――
帰り道、ふと、八重野がいないことに思い当る。
「そういえば、ナコちゃん見かけなかったけど、どうしたの?」
「今日は、お稽古の日だったみたい。先に帰ったよ」
「そう。それじゃあ、このまま帰ろうか」
「あ……うん……」
何か気になることでもあるのか、秋姫が答えに詰まる。
「すもも? どこか寄りたいところでもあるの?」
「あ……うん……ユキちゃん。遠回りになるけど、寄り道してもいいかな?」
「うん。ボクはかまわないよ」
「ありがとう」
秋姫は微笑むと、俺を左手に抱えて、帰り道とは逆の方向に歩き出す。
少し歩くと、子供たちの笑い声とすれ違う。あの子たちは、家に帰るのだろう。
見上げると、秋姫の思い詰めたような表情が飛び込んでくる。
「ねぇ、すもも。どこへ行くつもりなの?」
「……えっとね。病院」
「えっ!? すもも、もしかして昨日の風邪、治ってなかったの?」
「ううん。わたしは大丈夫。……きっと、ユキちゃんのおかげだよ」
俺のおかげ?
「すもも? ボクは、なにもしてないよ?」
「そんなことないよ。昨日ね。とっても安心して眠れたの。わたしの手を握ってくれてたの、ユキちゃんだったんだよね?」
「あ……うん……」
俺を抱える秋姫の腕に、少し力が加わる。秋姫の体温が、より近くに感じられた。
夕暮れの風が、火照る頬を撫でていった。
――――――――――
秋姫が足を止める。目の前に建つのは、星ヶ丘総合病院。この辺りでは、一番大きな病院だ。
「石蕗くん……」
ふいに、秋姫が俺の名前を呼ぶ。
(そうか……秋姫、俺のこと気にしてくれてたんだ……)
秋姫の気持ちは、素直に嬉しいと感じられた。しかし、秋姫の捜す『石蕗正晴』はここにはいない。だから俺は、こんなことしか言うことが出来なかった。
「ねぇ。すもも。今日はもう、診察終わってるよ。お……石蕗君も朝から来てるはずだし、もう帰ってるんじゃないかな?」
「うん。そうだよね。わたしもそう思う……うん……でもね……」
頭の上に、温かいしずく降り注ぎ始めた。
「わたしが倒れなければ、石蕗くんは怪我しなかったの……わたしが風邪をひかなければ、今日も一緒に笑えたの……だから……だから、一言謝りたくて……でもわたし、石蕗くんに会うのが怖いの。嫌われていたらどうしよう?って考えると、すごく怖いの……本当は、石蕗くんの部屋を訪ねればいいってわかってる……でも、怖いの……でも、一目でいいの……石蕗くんに……」
「すもも……」
俺は、秋姫の体をよじ登る。秋姫の頭の上に乗ると、頭を撫でながら、そっと囁いた。
「すもも。石蕗君は、すもものこと嫌ってなんかないよ。だって、石蕗君は、すももを助けてくれたんだよ。自分が助けようと思った人が無事なら、それでいいと思うんじゃないかな?」
「でも、石蕗くん、わたしがいなければ、痛い思いすることも、病院にくることもなかったんだよ!」
「…………ねえ。すもも……石蕗君は……石蕗君って、そんなことで人を嫌いになるような人なの?」
秋姫が息を呑む。
「…………ううん。石蕗くんは、そんな人じゃない……」
「そう……それなら、きっとそうなんだよ。ほら。涙を拭いて」
「うん……ありがとう、ユキちゃん」
秋姫の瞳は、涙で赤くなっていたけれど、俺に向けるその笑顔は、雲が晴れた空のように輝いていた。
「ありがとう。ユキちゃん。わたし、石蕗くんに、謝ってくる」
「うん」
(って、すもも、今から寮に行くつもりか!?)
慌てる俺だったが、何故か、秋姫も驚いたような表情をしている。
「あっ! もうこんな時間! そろそろ、昨日、しずくを取りに行った時間だよ。ユキちゃん。行こう!」
「ん……ああ……でも……」
「石蕗くんに謝ることは、明日でも出来るけど……でも、ユキちゃんの病気を治すことは、今しか出来ないんだよ。それに、ユキちゃんがいなければ、わたし、石蕗くんのところに行こうなんて思わなかったから……」
「すもも……ありがとう」
「ううん。わたしの方こそ、ありがとう」
そして俺たちは、虹のしずくを求めて高台へと向かうのだった。
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目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
