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2007年08月22日
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜あとがき
ユキちゃんの中の人:後藤麻衣さんお誕生日企画\(^▽^)/
ということで、懲りずに短編を書いてみました(^^;
内容は、以前から書きたいと思っていた、本編の少し過去。
すもも&ナコちゃん出会いのお話のつもりで書き始めました。
「ゴマちゃんの誕生日なのに、ユキちゃんいないじゃん!」
と思い、ユキちゃんは、創りました(^^
その副作用で、「使い魔」とかいう概念を、勝手に作ってみたりw
それから、カリン様。
アニメだと、完璧超人みたいに語られていますが、
私の中では、
・成績優秀
・容姿端麗
・運動神経抜群
・明朗快活
でも、
・猪突猛進
・意外とドジっ子
・昔は、力を制御出来ず、度々暴走させていた
みたいな、結構、おっちょこちょいな萌えキャラというイメージだったので、そうなっていると思います。
なんだか、アニメ版に、真っ向から喧嘩売っている気がしてきました(^^;;
でも、アニメのななついろ、大好きですよ(^▽^;
ということで、ひたすら書きました。
結局、書き終わってみると、すもも&ナコちゃんのお話しより、
ユキちゃん&カリン様メインになってしまいました(゜д゜
まあ、脳内CV、ゴマちゃん×2でお楽しみいただけると思いますので、
これでもいいかなとか、苦しい言い訳(^^;
何にせよ、お楽しみいただければ幸いですm(_ _)m
んでもって、あちこちに書いておりますが、
ゴマちゃん、お誕生日おめでとうございます(^▽^ノ
そして、ふと思う。
話の内容と、お誕生日、何も関係ない(゜д゜!
最後に、製作秘話―(ネタバレ含みます)
1.スーパー幼稚園児ナコちゃん
少なくとも、幼稚園児のセリフじゃない(^^;
というのも、元々、すももとナコちゃんが、
いつから友達だったとか、設定が無かったので、
小学生のつもりで書いていました。
ところが、アニメ第2話で、幼稚園の時からの付き合いと判明……
頑張って(無理やり)修正しました(T_T)
しかし、修正しきれず。
確か、幼稚園って、机とかって無いですよね?……
その辺は、ご愛嬌ということで……
2.使い魔って……?
アニメ第7話のEDで、「マスコット」という概念が明らかに……
これについては、お察しください(^^;
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜エピローグ
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
「エピローグ」
―― KARIN View ――
星空を見上げていた。ここのところ、こうやって、ぼーっと星空を見上げることが、私の日課になっていた。
マツユキが消えてから数日。私の胸には、ポッカリと大きな穴が開いたままだ。突然、動かなくなったマツユキは、光とともに跡形も消えてしまった。
ぬいぐるみのように、物質を媒体に使い魔を召還した場合、元となった媒体(マツユキの場合、羊のぬいぐるみ)は、残るはずなのだが……
不思議なことに、マツユキは、何一つ残さず消えてしまった。
コンコン
ふいに、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい?」
正史郎さんだろうか?
「こんばんは、姉さん」
意外なことに、そこに立っていたのは、ナツメだった。
「珍しいわね。あなたから訪ねてくるなんて」
「ええ。まあ、調べ物の結果を伝えにきただけですよ」
そう、ナツメは、苦笑いを浮かべた。
「あら。早かったわね。それじゃあ、聞かせて貰いましょうか」
そう。マツユキが消えた理由……私は、ナツメに、調査を依頼していた。
ナツメは、軽く頷くと、こう続けた。
「えっと。マツユキくんが消えた理由でしたね。えっと、姉さん。姉さんは、マツユキくんの召還、失敗しましたよね?」
「ええ。そうね。確かに、儀式は、暴走してしまった。でも、結局、何事も無かったじゃない」
「確かに、表面上は、何もありませんでしたが……でも、やっぱり、失敗していたんです」
「……もう……もったいぶらずに、教えなさいよ!」
いつでも遠回しな言い方をするのは、ナツメの悪い癖だ。
「ああ。はいはい。ごめんなさい。えっとですね。媒体にしたぬいぐるみ、どんなぬいぐるみだったか、姉さん、覚えてます?」
「媒体にしたぬいぐるみ? ええ。マツユキの姿は、ずーっと見てきたわ。もちろん、覚えているわよ」
「いえいえ。マツユキくんではなくてですね。オリジナルの方です。そうですね……例えば、元のぬいぐるみ。メガネなんて、かけてましたっけ?」
「…………」
メガネ……マツユキは、メガネをかけていた……でも、元の羊のぬいぐるみもそうだったかというと……
「うん……ナツメの言う通りかもしれない……でも、メガネの有無と、マツユキが消えたのと、何の関係があるの?」
「はい。要するに、マツユキくんは、紛れも無く、姉さんが、無から作り出した使い魔だったんです。元のぬいぐるみは、儀式の時に、どこかに吹き飛んでしまったのでしょう」
突拍子もないナツメの言葉に、私は、しばし呆然とする。
「私が?」
「はい」
「無から?」
「そうです」
「えっと……」
それって、確か、トリプルSクラスの魔法……というか、何が出てくるか、全く予想がつかないことから、どんなスピニアであろうと使用を禁止されている魔法だった気が……
「はい。姉さんの考えている通り。禁止魔法(ロストレシピ)です」
ナツメは、低い声で言った。
「えっと……確か、禁止魔法を使ったスピニアは、家族諸共、懲役一万年……とかだった気が……」
ちなみに、フィグラーレでいう懲役とは、トイレ掃除のことを指す。
「そうです! その通りですよ、姉さん! たまたまとはいえ、そんな大魔法を使いこなすなんて! しかも、あの年でですよ! いやー。ボクも、鼻が高いです! あははははは!」
ナツメの乾いた笑い声が響き渡った。
「……あ……はははは……」
とりあえず、私も、笑うしかなかった―
やがて気を取り直した私は、
「ナツメ。ちなみに、このことを知っているのは……」
「はい。僕と姉さんだけです」
「……そう……それじゃあ、ナツメ、わかっているわね。マツユキのぬいぐるみは、私が、私にしか開けることの出来ない魔法の鍵をかけて大切に保管していることにするわ」
「ご心配なく。そういうことにしてあります」
ナツメのこういった裏方処理の能力には、毎度感心させられる。
そのとき、
ゴソゴソ……
「……っ!!!」
突然の物音に、私とナツメが同時に振り向いた。
「ひっ!!」
そこにいたのは、自分の背丈ほどもある、大きな猫のぬいぐるみを抱いたすももだった。
私たちが、ものすごい形相をしていたのだろう。すももは、お化けでも見るかのように、涙目になり、ぶるぶると震えている。
「ああ……ビックリした……すもも。こんなに遅い時間にどうしたの?」
私が、「おいで」と手を伸ばすと、すももは、嬉しそうに抱きついてきた。私は、そんなすももの頭を、優しく撫でた。
すると、安心したのか、すももが話し始める。
「うん……ユキちゃん、いなくなっちゃったから、少し寂しくて……ママ……今日だけでいいの。一緒に、寝てくれる?」
「…………」
今日だけとはいうものの、実のところ、マツユキがいなくなってから、毎日だ。
すると、すももの言葉に違和感を覚えたのだろう。ナツメが、口を挟んだ。
「……ユキちゃんって……姉さん?」
ナツメの言いたいことは、わかる。そう。私は、すももの記憶を消すことを、ためらっているのだ。
「……確かに、自分の娘の記憶を消したくないという気持ちはわかりますが……」
「違うわ。ナツメ。私は、すももに、マツユキのことを忘れて欲しくないの……それだけよ……」
「姉さん……」
すると、ナツメは、すももの前にしゃがみ込んだ。
「すももちゃん。マツユキくんのこと。好きかい?」
「うん。大好きだよ!」
すももは、天使と呼ぶに相応しい、輝くような笑顔を見せる。
「すももちゃんは、マツユキくんのこと、忘れたりしない?」
「うん! 忘れないよ。だって、ユキちゃんは、大切なお友達だもん!!!」
すももの答えを笑顔で聴き届けたナツメは、今度は、私の方に振り返る。
「姉さん。記憶を消す魔法の本質。ご存知ですよね? 人の記憶を消すことなど、誰にも出来ません。ただ、思い出すことが出来なくなるように、鍵をかけるだけ……すももちゃんは、マツユキくんのこと、忘れたりしません」
ナツメは、そう、言い切った。
「それから……ねぇ、すももちゃん。さっきの僕と姉さんのお話し。いつから聴いていたのかな?」
「えっと……ナツメおじさんが、ママのお部屋に入っていった時から!」
どうやら、すももは、初めから聴いていたようだ。
「と、いうことです。このままでは、僕や義兄さんだけでなく、すももちゃんも、懲役一万年になってしまいますよ?」
ナツメのさわやかな微笑みが、今は、悪魔の嘲笑に見えた。
私が、諦めの溜息を吐きかけたとき、さらに、ナツメが続けた。
「それから……」
「何? まだ、何かあるの?」
「はい。すももちゃんは、マツユキくんのことを、いずれ思い出します」
ナツメは、怪しげな微笑を浮かべながら言った。
「……やけに、自信があるようね……何か、根拠でもあるの?」
「はい。僕の勘という根拠があります」
このナツメという名の生物は、私をバカにしているのだろうか?
「大丈夫ですよ」
「……」
「絶対です!」
「………」
「信じれば、はっぴー?」
「はぁ…………」
結局、自信はないようだ。
「いえいえ。姉さん。でも……」
すももちゃんのこと、信じてみませんか?
最後の言葉が、私の脳裏に焼きついた。
私は、指輪をレードルの姿に変える。手品か何かと勘違いしたのだろう。すももが、「すごいすごい」とはしゃぎ出した。
「それじゃあ、すもも。目を閉じて……」
「うん……」
すももは、何か、素敵なことが起こると期待しているのだろう。その無邪気な笑顔が、胸を締め付ける。
「ごめんね。すもも……」
私は、すももの小さなおでこの上を、レードルの先で軽く撫でた。
とたん、レードルの先から、光の粒が溢れ出す。一粒一粒が、桜の花びらのようにも見える。
「すごい……桜吹雪みたいだ……」
ナツメが、珍しく感嘆の声を上げた。しかし、その光景は、呼吸すら忘れそうなほど、美しい光景だった。
荒れ狂う光り中の、一際大きな花びらの姿が見えた。
私は、その花びらを両手で受け止める。そっと手の平を広げると、マツユキの意地悪な微笑が浮かび上がり、消えていった。
「ママ……わたし……わすれない……よ……」
腕の中で眠る、すももは、安らかな寝息を立て始めていた。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第09話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第09話「さくらいろのほしぞらのしたで」
―― KARIN View ――
気付くと、私は、自分のベッドの上で眠っていた。見上げると、正史郎さんが微笑みながら、私の寝顔を覗き込んでいた。
「起きたかい? カリンさん」
「うん……正史郎さん? ここまで運んでくれたの?」
「ええ。そうですよ」
「重かったでしょ?」
私が、悪戯っぽく尋ねると、
「いいえ。小鳥の羽のようでしたよ」
あっさりと流されてしまった。私は、そんな正史郎さんの穏やかさが好きだった。
そして、私は、もう一人の相棒の姿を捜して、辺りを見回した。
「正史郎さん。マツユキは?」
「マツユキくんですか? うーん。それは、私にはわかりません。答えを知っているのは、カリンさん。きっと、あなただけですよ」
「???」
謎かけのような正史郎さんの言葉に、私は、首を傾げる。
「ああ。そうそう。マツユキくんからの伝言です。カリンさんの机の上から3番目の引き出し。明日になったら、開けて欲しいといっていました」
そういって、正史郎さんは、部屋を出て行ってしまった。
時計を見ると、午後11時。日付が変わるまで、後1時間。
「あの馬鹿。勝手に消えるつもりね……」
私は、上から3番目の引き出しに手をかける。しかし、正史郎さんの言葉が頭を掠めた。
「答えを知っているのは、私だけ……か……」
私は、引き出しに伸ばしかけていた手を収めた。
「うん。わざわざ、確認する必要はない」
そう。私は、マツユキがどこにいるか、知っているのだから。
私は、そのまま部屋を出て階段を駆け降りた。すると、私の行動を見透かしたかのように、玄関の前には、正史郎さんが待っていた。
「私は、さっき……カリンさんが眠っている間にお別れを済ませました。だから……いってらっしゃい」
「……はい! いってきます!」
私は、正史郎さんに見送られながら、マツユキの元へと……桜色の星空の下へと駆け出した。
―― Matsuyuki View ――
「ふぅ……今、何時くらいだろう?」
ボクは、大きな桜の木の下に座り込んで星空を見上げていた。春の夜風は、時間が経つにつれて冷たさを増していく。しかし、そんな風を感じることが出来るのも後少しかと思うと、なんだか、とても尊いもののように感じられた。
ここは、星城学園。カリンとボクが、スピニアになるために一緒に過ごした場所。カリンと正史郎が恋をした場所。そして、ボクが生まれた場所……
ボクは、嬉しいこと、悲しいこと、何かあるたびに、決まってここに来ていた。そのときの思い出が、一つ一つ甦ってくる。
例えば……そうだな。星のしずくが温室に紛れ込んだとき、カリンが、屋根を吹き飛ばしてしまったこと。夜、学校に忍び込んだ時、当直の教師に見つかって、必死に逃げたこと。
「そういえば、あの噴水、直ったかな?」
レシピに浮かんだ言葉を、一文字間違えたことが原因で魔法が暴走し、校舎裏の噴水が、星のしずくが降ってきたときにだけ水が湧くという、よくわからない噴水に変わってしまうなどという事件もあった。
そんな失敗談に浸っていると、ボクの周りを、白く淡い光が包み始めた。少し早い気もするが、もう、お別れの時間なのだろうか?
「ナツメ……ボクたちを、たくさん助けてくれたよね。本当に、ありがとう」
「正史郎……カリンをよろしく」
「すもも……ずっと一緒か……嘘吐いて、ごめんね」
そして……
「カリン……」
ボクは、カリンへの言葉を探す。しかし、真っ白になった頭には、何一つ浮かばない。一番、言いたいことがあるはずの人だというのに……
ボクが言葉に詰まっていると、背後から、最も聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マツユキ、酷いわ。一番よくしてあげた私には、一言も無いの?」
「まさか。有り過ぎて、何をいえばいいのか、わからないだけだよ」
「あら? それは、皮肉かしら?」
カリンは、少し笑ってボクの方へと歩み寄る。そっと抱き締め、愛おしそうに、頭を撫でてくれた。そして……
ベシ!
最後に、頭を叩いた。
「うっ……」
「一人で消えるなんて……馬鹿なことしないの!」
「……うん……ごめんなさい」
ボクは、素直に謝ることにした。カリンが来てくれたこと。やっぱり、嬉しかったから。
「でも、そっか……正史郎、やっぱり、喋っちゃったんだね。引き出しの手紙のこと……」
こんなことになるような気もしていた。
「あらあら。『ボクたちは、この桜の木の下で出会った。だから、この桜の木の下で別れよう』なんてキザなこと言ったのは、どこのどなたさんだったかしら?」
そういって、カリンは、クスッと微笑んだ。そっか。自分でも忘れていたけれど、ボクが、迷わずここに来た理由。もしかしたら、それが、理由だったのかもしれない。
カリンは、ボクを抱いたまま、桜の木の根元に座り込んだ。
ボクらは、二人で空を仰ぐ。星の光と桜の花びらが混ざり合い、夜空が、桜色に輝き始めた。
ふと、ボクの頭に、温かいしずくが降り注ぎ始める。
「マツユキ……」
カリンは、小さく、ボクの名前を呼ぶ。
「カリン……」
いつの間にか、ボクの瞳にも、涙が浮かんでいた。その小さな雫に、カリンとの想い出の欠片が映し出される。こうなっては、ボクの涙は、止まることを知らない。だって、カリンとボクの想い出は……数え切れないほどあるのだから――
気付くと、カリンが、ボクを見下ろしていた。その顔に浮かぶのは…………これまでに見たことの無い、最高の笑顔だった。
その笑顔を見たとたん、ボクの想いが……心の奥底に鍵をかけて仕舞っていたはずの想いが溢れ出した。
ボクがカリンに言いたかった言葉……
ボクの初恋は、きっと、一目惚れだった。幸い、ボクは、その人の一番近くにいることが出来た。でも、誰よりも遠い存在だった。叶わぬ恋。口にしてはいけない恋。
そんなボクの気持ちを、知ってか知らずか、その人は、ボクのことを、とても大切にしてくれた。
でも、その人には、ボクより大切な人が出来た。だから、もう、ボクに振り向くことはない。
だったら、言ってもいいのかな?
ボクは、カリンの腕から離れ、30cm前に立つ。
そして、頑なに仕舞い込んできた気持ちを、言葉に乗せて、カリンに捧げた。
「……カリン……ボク、カリンのこと…………好きだ」
ボクは、カリンに、そう告げた。
「マツユキ! ずるいよ……そんなこと言われたら、私、何も言えなくなっちゃう!!」
「いいんだよ。カリン……カリンの気持ち、知っているから……」
すると、校門の方から、ボクたちを呼ぶ声が近づいてきた。
「姉さ〜ん! マツユキく〜ん!」
どこでボクらの居場所を知ったのか、ナツメが、こちらに駆け寄ってくる。その腕の中には、すももの姿も見える。
「? ママ?」
すももは、眠そうに目を擦りながら、瞳に映る母親の姿に、手を伸ばした。
「ナツメ? どうして……ここに?」
カリンは、ナツメから、すももを受け取ると、優しく頭を撫でた。
すももは、嬉しそうにその身をカリンに預けている。
「いやー。さっき、お義兄さんから、連絡がありまして。すももちゃんを、ここに連れてきて欲しいと」
「正史郎さんが……」
そっか、正史郎か……
ボクは、カリンの腕の中のすももを見上げた。
「すもも……」
ボクが、小さく呟くと、すももと目が合った。
「あ! ユキちゃん! もう、帰ってこれたの?」
すももは、まだ、ボクの作り話の中か……
「ああ。ごめんね。ちょっと、出発が遅れてて……これから、お出かけなんだ」
「そう……それじゃあ、早く帰ってきてね!」
すももの、ボクを待つという言葉が嬉しかった。そして、無邪気な笑顔が辛かった。
すると、カリンが、とんでもないことを言い出した。
「すもも……いい。マツユキはね……ユキちゃんは、もう、帰ってこないのよ……」
「え……」
ボクとナツメは、驚きを隠せなかった。すももの笑顔も、一瞬にして凍りつく。
しかし、すももは、信じたくないのか、笑顔に戻ると、落ち着いた声で言った。
「ママ、大丈夫だよ! ユキちゃん、妖精さんの国に帰るだけだから。すぐに帰ってくるから! だって、ユキちゃん、約束してくれたもん! わたしにお友達が出来たら、ずっと一緒にいてくれるって、約束してくれたから! だから……」
すももは、ボクを信じてくれた。だったら、ボクには、嘘を貫き通す義務がある。
「そうだよ。カリン。ボク、明日には、帰ってくるって、言ったよ!」
ボクは、心を殺して、カリンに微笑みかける。
「ほらね、ママ。ユキちゃん、帰ってくるって、言ってるよ。だから……笑って?……笑って、お別れしよう?」
カリンは、すももをギュッと抱き締める。すると、何か違和感を覚えたのか、そっと、すももの顔を覗き込んだ。
「すもも……あなた……」
よく見ると、すももの頬には、止め処なく、涙が伝っていた。
「あ……あれ? わたし、どうしたんだろう? ユキちゃん、帰ってくるんだよ……帰ってくるのに……うっ……ぐすっ……」
すももの声は、落ち着いているようでいて、悲鳴をあげていたのだろう。
すると、カリンが、すももを地面に立たせた。
「すもも。わかっているなら、尚更よ。マツユキに、最後のご挨拶をしなさい。別れは、誰にでも訪れるもの。そんなときは、絶対に逃げちゃだめ。さよならを言えなくて後悔するのは、あなただから……」
そして、すももの背中を、そっと押した。
すももは、カリンの顔を見上げると、零れ落ちるしずくを拭った。そして、ボクに向かって、一歩二歩……そして、ボクの前にしゃがみ込むと、ボクを抱き上げた。
「すもも……嘘付いて、ごめんね」
「うん。いいの。ユキちゃんは、わたしを傷つけないようにって、思ってくれただけだから……」
「……」
「……」
そして、ボクらは、最後の言葉を探し始めた。
最初に見つけたのは、すももだったようだ。
「ユキちゃん。わたしね。ナコちゃんと、お友達になれたよ。とっても、仲のいいお友達になれたよ。ユキちゃんが、居てくれたから……わたし、ナコちゃんと、お友達になれたよ。だからね。ありがとう」
すももは、本当に嬉しそうに八重野の名を繰り返した。本当に、大切な友達が出来たようだ。
「すもも。よかったね。ボクも、とっても嬉しいよ。ナコちゃんと、ずっと、仲良くね」
「うん」
「それからね。ありがとう―」
ボクの言葉に、すももは、不思議そうな顔をする。
「?……わたし、ユキちゃんにお礼を言われるようなこと、してないよ?」
「ううん。そんなことないよ。すもも。すももは、今、笑っているよね?」
「え?……うん……」
「ボクはね。すももの笑顔を見ると、元気になれるんだ。幸せな気持ちになれるんだよ。だからね。ありがとう」
ほとんど、口説き文句のようなボクの言葉に、すももが、顔を真っ赤に染める。
「えっ! ええっっ!!」
すももをいぢめるボクの姿に、少し落ち着いたのか、カリンが、ボクたちの下へと近づいてくる。そして、ボクのおでこを、ベシベシと叩き始めた。
「このロリコン羊が! 幼稚園児を口説いてるんじゃないわよ!」
そんなことをいいながらも、カリンは、少し嬉しそうだった。
ふと、見つめ合うボクとカリン。そんな様子を見たすももは、ボクをカリンに差し出した。
カリンは、ボクを受け取ると、ボクの頭を撫でながら、
「マツユキ……今まで、ありがとう。私は、立派なステラ・スピニアに成ることができました。あなたのおかげよ。それから……ね。私も、あなたのこと、大好きよ―」
そして、そっと、ボクの頬にキスをした。
「…………」
ボクは、少しの間、言葉を失った。カリンの温もりを、ただ、感じていたかったから……
やがて、ボクは、最後の言葉を紡ぎ出す。
「カリン。実は、ボクには、自信がなかった。だって、カリンは、この世界でも有数のステラ・スピニアで……かっこよくて、綺麗で、可愛くて……そして、みんなの憧れで……でも、ボクには、何もなかった。どこにでもいる、ただの使い魔だった。ボク、カリンの役に立てたのかな?」
すると、カリンは、「何を言っているの?」とばかりに、
「うん。確かに、馬鹿で、生意気で、思い込みが激しくて、いつも自分勝手に突っ走って……でも、最後には、必ず私を助けてくれた……私のパートナーは、あなた以外にありえない。この世界でも有数のステラ・スピニアが、保証するわ。あなたは、私に相応しい、最高の使い魔よ」
カリンは、ただ純粋に、ボクを称えてくれた。
「ありがとう……カリン……」
すると、どこからともなく溢れ出した白い光が、ボクの全身を包み込んだ。どうやら、本当に、お別れの時が来たようだ。同時に、体の感覚が鈍くなってきた。カリンは、ボクを抱き締めてくれてくれているようだが、もう、その温もりも感じられない。
「……!………!!!」
カリンが、何かを言っている。
「………!!………!!」
すももが、何か、話しかけてくれている。
カリン? すもも? 何を言っているの? 何も聞こえない―
……ん? あれ? ボク、なんで、こんなところにいるんだっけ?
なんだか、記憶が曖昧になってきた……それに、眠くなってきたぞ。
「…………!!!…………………!!!!!」
誰かが、何かを叫んでいるようだ…………うぅん……ごめんなさい。ボク、眠いんだ……寝かせてくれるかな?
……ふぁぁ……それじゃあ、おやすみなさい……
ボクの意識は、そこで途切れた――
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第08話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第08話「ひとつめのわかれ」
―― Matsuyuki View ――
「マツユキ! 正史郎さん!」
誰かが、ボクを呼んでいるようだが……頭がぼんやりとしていて、よくわからない。
「……うん……」
「マツユキ!」
次第に、目蓋に光を感じられるようになってきた。ゆっくりと目を開くと、カリンの泣き顔がぼんやりと浮かび上がった。
「カリンか……ということは、終わったんだね」
「うん。ごめんね、マツユキ……」
カリンが、謝罪の言葉を繰り返しながら泣き崩れる。
「何を泣いているのさ。ピンチなのは、いつものことじゃない」
確かに、今回は、本当に危なかったかもしれないが……
「うん。でもね……私、諦めようとしたの。どうにもならないって……諦めようとしたの……」
「……ふぅん……でも、ボクは助かったよ。諦めようとしたのかもしれないけど、諦めなかった。結局、諦めなかったんじゃないの?」
カリンは、瞳に浮かぶ涙を拭うことなく、ボクを抱きしめた。
すると、今度は、もう一つのうめき声が聞こえた。
「んん……」
声の方を見ると、正史郎が体を起こすところだった。
「正史郎さん!!!」
その瞬間、カリンは、ボクを大空へと放り投げた。
「うわぁぁ〜〜!」
ぽす! ぽむ! ポム!
ボクは、10mほど転がると、仰向けに倒れた。頭だけ起こしてカリンの方を見ると、正史郎に抱きついて、その胸に顔を埋めている。
ボクは、そのまま仰向けに寝転がり、星空に向かって呟いた。
「カリン……いくらなんでも、これは酷くないか?」
ボクは、カリンが落ち着くまで、星の光を眺めていた。
――――――――――
帰り道、カリンは、正史郎の背中で眠っていた。疲れたのだろう。気持ち良さそうに、寝息を立てている。そんなカリンを微笑みながら運ぶ正史郎に、ボクは、最後の挨拶をすることにした。
「正史郎。今まで、ありがとう。最後だから言うけど……ボクね。本当は、正史郎のこと、余り好きじゃなかったんだ」
「ははははは。ハッキリ言うね。まあ、そんな気はしていたけれど」
正史郎は、苦笑いを浮かべながら、ボクを見る。
「うん……でもね。嫌いだったわけじゃない。カリンが好きになった人だもん……嫌いになんか、なれないさ……」
「……そっか。マツユキくん。それじゃあ、私もハッキリ言おう。実はね。私も、君のこと、少し疎ましく思っていたんだよ」
「え……?」
正史郎は、いつでもボクに優しくしてくれていた。どうしても素気ない態度で接してしまう自分が、何度嫌になったことか。そんな正史郎が、ボクのことをそんな風に思っていたなんて……正直、意外だった。
「そんなに不思議かい? それじゃあ、考えてごらん? 学生時代、君は、カリンさんと、四六時中、ずーーーっと一緒にいたんだよ。それを羨ましいと思わないわけがないよ」
そういって、照れ笑いを浮かべた。
「ふーん。そっか。ボクたち、同じことを考えていたのかもしれないね」
「あれ? 知らなかったのかい?」
正史郎は、悪戯っぽく微笑んだ。
ボクは、この人が苦手だ。この人の優しい微笑みが苦手だ。どんなことでも、優しく包み込んでしまう。そんな人だから、ボクは、この人を嫌いになれない。
ボクの一番大切なものを奪い去った人だというのに……
だから、ボクは、右手を差し出した。正史郎は、黙って、ボクの手を握り返した。
正史郎と、始めて心が通じたような気がした。
「それじゃあ、正史郎。カリンをよろしく。あ……それから、明日になったら、カリンの机の……えっと、上から3番目の引き出し。開けるように伝えてくれる?」
「わかった」
正史郎は、肯いただけだった。でも、それで十分だ。
ボクは、そのまま背中を向けて歩き出した。
さてと。眠りにつく場所に向かうとしよう……
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第07話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第07話「にびいろのしずく」
観覧車を降りると、カリンの指輪が輝き始めた。光の示す先は……すぐそばだ。
「カリン……恐らく……」
「そうね。あの噴水ね」
この遊園地には、大きな噴水がある。ある一定の時間になると、その姿を七つに変え、広場を沸かせる人気スポットだ。
そして、その場所は、ボクたちが、初めてしずくを掬った場所でもあった。
ボクたちは、一旦、遊園地の外に出る。丁度、閉園時間になったからだ。ボクとカリンは、正史郎に、星のしずくのことを告げると。正史郎は、快くボクたちを送り出してくれた。
ボクたちは、木陰から様子を見る。すると、ほどなく、遊園地の管理人たちが出てくるのが見えた。
「いけるかな?」
「そうね……」
管理人たちの背中が見えなくなったところで、カリンは、魔法の言葉を紡ぎ出す。
「プログリーディア!」
閉じられた大きな門に、大きな穴が作り出される。
「相変わらず、すごいな……」
その穴の直径は、5mといったところか。熟練のスピニアならば、半分がいいところだ。
ボクたちは、作り出した穴を通って、再び園内に忍び込んだ。
「カリン」
「ん?」
「忍び込むにしちゃ、豪快過ぎないか?」
「うーん……バレなきゃいいでしょ!」
そんな行き当たりばったりなカリンに、苦笑いを覚えながら、ボクたちは、星のしずくが輝く噴水を目指す。そこは、遊園地の、ほぼ中央に位置している。何度か、ここでしずくを掬ったことがあるボクたちは、迷うことなく辿り着いた。
ボクたちが噴水の前に立つと、突然、水が踊り始めた。その中央に、星のしずくの姿が見えた。
「カリン。今日のしずく、少し大きくないか?」
「そうね。2つ重なっている……訳でも無さそうね。始めて見るタイプかもしれない。少し、手強いかしら?」
言葉とは裏腹に、カリンの楽しそうな声が響く。
「それじゃあ、いくわよ! スピリオ・ローザブロッサム!!!」
カリンの体が黄金の光に包まれると、中から、プラム・クローリスの制服に身を包んだカリンの姿が現れる。同時に、指輪をレードルの姿に戻したカリンは、それを右手に握り締める。
すると、星のしずくが、夜空に向かって飛び上った。
「アラ・ディウム・メイ!」
カリンも、星空へと飛び上がり、猛スピードで追撃する。いや、追撃なんてもんじゃない。カリンは、一瞬にして、しずくに追いついた。
カリンは、不敵な笑みを浮かべると、しずくに向かってレードルを伸ばす。
もし、これが並のしずくならば、ここで掬えていたことだろう。しかし、そのしずくは、カリンの動きが見えているのだろう。
スピードで勝てないと悟ったのか、慣性の法則を無視してピタリと動きを止めると、一直線に噴水の中へと飛び込んでいった。
カリンも急停止をかけたが、すぐには追わず、一度、夜空の中心で立ち止まった。
「あらあら。中々やるわね……」
そう呟くカリンは、まだまだ余裕の表情だ。しかし、油断は出来ない。ボクは、足元の噴水の中を観察し始めた。
「うーん。あれかな?」
星のしずくの力だろう。噴水の中は、現実世界とはかけ離れた広い空間が出来ていた。その中に、一際輝く大きなしずくが見える。心なしか、さっきより大きくなっているような……
「マツユキ。どう?」
カリンが、噴水を覗き込むボクの隣に降り立つ。
「うん……なんだか、さっきよりも、大きくなっているような気がするんだけど……」
すると、突然、地面が大きく揺れ始める。同時に、噴水の中の水が、渦を巻き始めた。
「!? カリン! 何、これ!?」
「わからない! わたしも、こんなのは、初めてよ!」
水の中で渦を巻く程度のしずくは、たくさん見てきた。
しかし、大地をも揺さぶる力を持ったしずくなど、見たこともない。
バシャァァァーーーン!!!
大きな水音とともに、竜巻のような水柱が湧き上がる。その直径は、ゆうに五十メートルは超えている。直に見たことがあるわけではないが、「ハリケーン」という表現が最も近いのではないだろうか。目の前に繰り広げられる光景は、正に脅威といって差し支えない。
そして、その脅威は、意思を持って、ボクたちに襲いかかってきた。
「うわぁ!!!」
ボクは、一歩も動けず、目を硬く閉じる。
「マツユキ!!!」
カリンの声とともに、ボクの体が宙に浮く。
目を開けると、ボクは、空飛ぶカリンに抱かれていた。
「カリン……ありがとう」
「そんなこと言っている場合じゃないわ。あのしずく、明らかに、変よ……」
確かに、あそこまで狂ったように暴れるしずくなど、見たことがない。
「マツユキ。レシピは、持っている?」
「あ……うん……」
ボクは、首にかけてある小さなレシピを差し出した。カリンが、それを元の大きさに戻すと、突然、光が溢れ出した。ボクは、どうしても埋まることのなかった最後の1ページのことを思い出した。つまり、どんなことをしても埋まらなかった最後の言葉が、ついに刻まれたということだ。
「カリン……」
「うん……」
ボクが、ページを開こうとすると、それを阻止せんと、再び水柱が襲いかかってきた。
「私が囮になるから、マツユキは、そのページの言葉を教えて!」
そう言って、ボクをレシピに乗せると、カリンは、水柱へと向かって行った。
ボクは、急いで、地面に降りると、光り輝くページを開いた。そこに記されていた言葉とは……
「……え? なんで、今更?」
その言葉は、全てのスピニアが、最初に覚える言葉。理由はわからない。でも、きっと、何か意味があるはずだ。ボクは、カリンの元へと駆け出した。そして、大声で叫ぶ。
「カリン! 『プルヴ・ラディ』だ! あの本の最後の言葉、『プルヴ・ラディ』だ!」
「えっ!? そんな言葉で、この化け物をどうしろって…………きゃっ!」
カリンの悲鳴のような叫びが響き渡る。
「でも、信じるんだ! 今まで、レシピが教えてくれた言葉が間違っていたことは、一度もない!」
「そんなこと言われても………!!!」
しずくの容赦ない攻撃に、ついに、カリンが叩き落とされた。
「カリン!!!」
ボクは、カリンの元へと走り出した。ボクの目には、カリンしか映っていなかった。だから、ボクは気付くことが出来なかった。
しずくの標的は、既に、カリンからボクへと変わっていたのだ。
「マツユキ! 危ない!!!」
「えっ?」
カリンには、さぞかし、間の抜けた返事に聞こえたことだろう。振り返ると、しずくの竜巻が、眼前に迫っていた。
避けられないと悟ったボクは、とっさに、レシピをカリンに投げつけた。
「マツユキ!!!!!」
カリンの悲しい叫び声が響き渡る中、ボクは、しずくの世界へと引きずり込まれていった――
―― KARIN View ――
私は、何をしていたのだろう?
どうして、マツユキを一人にしてしまったのだろう?
ここにいる以上、マツユキも危険なはずだ。そんなこと、わかりきっていたはずだ。
でも、私は、マツユキを一人にしてしまった……自分の力なら、どうにかなると思っていた? 自分の力に驕っていた?
そんなことで、私は、マツユキを失ってしまったの? そんなことで、マツユキとの最後の時を失ってしまったの?
……なんて、馬鹿な私……どうしようもない私……
ふと見上げると、星のしずくが、こちらに向きを変えたようだ。そうね。このまま、マツユキと終わるのも、悪くないかもしれない。私は、そっと目を閉じた。
バシッ!!!
「……え?」
突然、頬を叩かれた。じわじわと痛みが込み上げてくる。
見上げると、そこには、正史郎さんが立っていた。
「正史郎さん……? どうして……?」
「カリンさん。いつから、そんな弱音を吐くような人になったんですか? 私の知っているカリンさんは、何事でも、最後まで諦めずに闘い抜く人でしたよ」
「でも……あれは……あれは、違うの! 私の力じゃ、どうにもならないっ!!!」
そう。あれは、星のしずくではない。何か別のものだ。スピニアである私には、どうにもならない……
「いいえ。あれは、星のしずくです。レシピに記されたのでしょう? 『プルヴ・ラディ』と。あの本は、星のしずく以外の事に反応することはありません。必ず、掬う方法があるはずです」
「でも……」
「カリンさん……あなたは、世界一のスピニアです。私が保証します。マツユキくんが保証します。ナツメ君だって……いえ。フィグラーレのみんなが保証します。そのあなたが諦めてしまったら、あのしずくを掬えるスピニアなど、他にいません。だから、最後まで諦めないで……」
「正史郎さん……」
「それから、もう一つ。あなたは、大切なことを見落としています」
「……?」
「マツユキくんは、死んだわけではありません。あの渦の中で『苦しんでいる』はずです」
「……っ!」
そうだ……どうして、気付かなかったのだろう? どうして、すぐに諦めてしまったのだろう?
「私って、やっぱり、馬鹿ね」
私は、再び立ち上がる。
「正史郎さん。ありがとう」
そう言って、私は、正史郎さんの頬にキスをした。
「それじゃあ、ちょっと、マツユキを助けに行ってきます」
私は、いたずらっぽく敬礼して見せる。
「はい。気をつけていってらっしゃい」
正史郎さんは、私が仕事に出かけるときのように、優しく送り出してくれた。
「さて……どうしてくれようかしら……」
私は、目の前のしずくを掬う方法を考え始めた。
―― Matsuyuki View ――
景色がグルグルと回っている。いや。ボクが、グルグル回っているのか。
一度、カリンに、「洗濯するわよ!」とか、わけのわからないことを言われて、洗濯機の中を泳いだ記憶が甦る。その時は、洗剤の泡が目に沁みて大変だった。
(あれに比べれば、まだましだ……)
苦しいことに変わりはないが、もう少しなら頑張れる。諦めなければ、カリンが助けてくれるはずだから。カリンは、そういう人だから……
―― KARIN View ――
私は、しずくの攻撃を、ギリギリのところで避けながら、どこかにあるはずのしずく本体の探すことにした。私の動きに慣れてきたのだろうか。しずくの攻撃が、だんだんと、私の動きに合わせてきているように思える。悠長に考えている暇もないらしい。
「やっぱり、渦の中に入り込むしかないかしら?……でも、あの流れの速さでは、ヴィム・コミティ・アクアも、働かない……私の方が流されてしまう……」
ふと、渦の中心辺りに、見慣れたぬいぐるみが流されているのが見えた。
「あれは……マツユキ!?」
一瞬気を取られ、動きが鈍った私に、しずくが、容赦なく襲い掛かる。そのまま、体がしずくに飲み込まれた。
(目を瞑っては、ダメ!)
私は、自分に言い聞かせ、必死に目を開ける。すると、荒れ狂う渦の中心に、星のしずくの姿が見えた。
(見つけた!)
ザバァァーーン
私は、一度、態勢を立て直すために、渦の外へと離脱した。下を見ると、正史郎さんが、心配そうに、こちらを見上げている。私は、正史郎さんに向かって小さくVサインを出した。
すると、正史郎さんは、ホッと頬を緩めて微笑みながら、しずくの渦に飲み込まれていった。
「っ…………」
しかし、私は慌てなかった。正史郎さんは、自分がしずくに巻き込まれることを知っていたはずだから。そして、正史郎さんの微笑みに、恐怖の色は無かったから。
正史郎さんは、私を信じてくれている。
マツユキも、私を信じてくれている。
それなら、私は、どんな星のしずくでも、掬うことが出来る!
私は、一度、地面に降り立つと、マツユキが渡してくれたレシピの最後のページを広げる。
そこに浮かぶ最後の言葉。
プルヴ・ラディ
私は、その言葉を噛み締め、レシピを胸に抱く。
正史郎さんも言っていた。この言葉で、あのしずくは、掬えるはず……
それでは、イメージしてみよう。あのしずくを掬うには、あの渦に巻き込まれる前に掬うしかない。しかし、普通に潜り込んだとしたら、しずくに辿り着く前に、渦に飲まれてしまうだろう。しかし、星のしずくの場所は見つけた。今では、手に取るように、その姿が見える。ならば……
渦に流される前に掬えばいい
つまり、一瞬で、星のしずくへと辿り着く……そのためには、3つの言葉を同時に発動させればいい。
「ヴィム・コミティ・アクア!」
まず、一つ目は、水と交わる言葉。これで、水の抵抗を、ある程度防ぐことが出来るはず。そして、次に、
「カトル・ディウム・メイ!!」
超高速飛行魔法。その初速は、音速にすら匹敵する。つまり、一瞬で、しずくの元に辿り着くことが出来るはず。
しかし、当然だが、それは音速の中の話だ。いくら私でも、そんな状態で星のしずくを掬うのは不可能だ。だから、私は、同時にもう一つの魔法を使う。
「ティム・フォールナ・メイ!!!」
この時間を操る魔法で、私自身の時間を遅らせる。こうすれば、音速の中でも、私は、普通に動くことが出来るはず。
「こんな無茶なこと、よく思いついたわ。偉いぞ。私!」
そんなことを呟くうちに、私の体は、渦巻くしずくの中へと潜り込む。水の流れが止まって見える。自分の時間を遅くしているはずなのに、なんだか、不思議な感覚だ。
やがて、目的のしずくが見えてきた。私は、レードルの先でしずくを包み込むと、静かに最後の言葉を唱えた。
「プルヴ・ラディ」
その瞬間、星のしずくを中心に、光の奔流が生まれる。激しく渦を巻いていた水柱が、方々に弾け飛んでいく。
しずくの光が収まると、地面で咳き込むマツユキと正史郎さんの姿が見えた。どうやら、無事、助かったようだ。私は、とりあえず、安心すると、レードルの中のしずくを覗き込んだ。普段見るしずくと違い、やたらと鈍い輝きを放っている。鈍色(にびいろ)と呼んで差し支えない。
「本当に、変なしずくね」
私は、ポケットに入れていた瓶を取り出すと、そのしずくを注ぎ込んだ。
「後で、ナツメに見て貰おうかしら」
鈍色のしずくは、瓶に注いでも、その色を変えることはなかった。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第06話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第06話「ボクがきえるひ」
「カリン」
ボクは、二日ぶりに、主の部屋の扉を叩いた。
「マツユキ? すもものところにいなくていいの?」
「うん。さっきのすももの顔、見ていただろう? すももに友達が……ううん。きっと、親友と呼べる人が出来たんじゃないかな? ボクの役目は、もう無いさ」
「それもそうね」
カリンも、すももの笑顔を見て感じていたのだろう。微妙に頬が緩んでいる。
「でも、カリンの言う通りだったよ。ボクは、結局、何もしていない。全部、すももが頑張ったから……」
「ううん。そんなことないわ」
ボクの言葉に、カリンが首を振る。
「昨日の夜、すももの背中を押してくれたでしょう?」
カリンは、「ごめんなさい。聞いていたの」と、ボクに謝った。
「ううん。すももが一人で考えていたとしても、同じこと。同じ答えに辿り着いていたはずだよ」
「そうね……そうかもしれない。でも、その答えを見つけられたのは、きっと、今日じゃないわ。もう何日か先のことだと思う。だからね。ありがとう」
何の飾り気も無いお礼を言われ、ボクは、戸惑いながら頬を染める。
すると、カリンが、ボクの額をつつき始めた。
「照れることないのよ? マツユキちゃん?」
「……照れてなんかいないさ」
カリンは、しばらく、ボクの頬を突いて遊んでいたが、少し、真面目な顔になると、こう告げた。
「マツユキ。明日が、あなたの最後の日……残念だけど、これは、もう、変えられないわ……だから、先に言っておく。すもものこと、ありがとう。それから、今まで、本当にありがとう。あなたは、私の……最高のパートナーだったわ」
「カリン……」
「ふふふ……柄にもないこと言っちゃった」
てへっ♪っと、可愛らしくおどけてみせると、ボクから目を逸らし、後ろを向いた。カリンの大きな瞳に、小さな雫が輝いている。だからボクは……
「カリン……その歳で、『てへ』は、興醒めだよ」
ボクは、首を振り、呆れたように見せる。
「ちょっと、マツユキ! それ、どういう意味!?」
カリンも、ボクに調子を合わせる。
「言葉のままさ。きっと、正史郎だって、同じこと言うと思うよ?」
ボクたちの無意味なじゃれ合いは、結局、朝まで続いた。
――――――――――
朝日が昇り始めた頃、ボクは、一度、すももの部屋へと向かった。ドアの前に辿り着くと、いつもはピッタリと閉じているはずのドアに、丁度、ボクが通ることが出来るくらいの隙間が出来ていた。
「しまった……すもも、心配してたよな……」
ボクは、罪悪感を抱きつつ、覚悟を決めて部屋に入ることにした。すると、ボクの気配に気付いたのか、すぐにすももが目を覚ました。
「ユキちゃん! どこ行ってたの? 心配したんだよ?」
すももは、ボクに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、すもも……」
言い訳をするつもりもない。ボクは、ただ、すももの頬をペタペタと撫でながら、謝罪の言葉を繰り返した。
そして、すももが落ち着くのを見計らって、ボクは、最後の嘘を吐くことにした。
「あのね。すもも。昨日、ナコちゃんとお友達になれたよね?」
「うん! とってもいいお友達が出来たよ! ユキちゃん。本当に、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ボクに頭を下げる。
「ううん。すももが頑張ったからだよ」
「ううん。ユキちゃんのおかげだよ」
すももも、カリンと同じことを言う。やっぱり、親子なんだな……
そんなことを思いながら、ボクは、譲り合いの輪を断ち切る。
「だったら……すももは、頑張った。ボクも頑張った。二人で頑張ったからだね」
「うん!」
すももは、素直に肯いてくれた。
「それでね。悪いんだけど……今日は、一緒にいられないんだ」
「え? そうなの?」
すももが、少し寂しそうな顔をする。
「うん。ボクたちはね。対象の子……えっと、ボクの場合は、すももに友達が出来たら、妖精の王様に報告しなければならないんだ。だから、ボクは一度、妖精の国に帰る必要がある。あ! でもね。一度だけ戻ればいいんだ。そうすれば、ボクたちは……ずっと………一緒に…………いられるから……」
尻すぼみになりつつも、ボクは、最後まで言い切った。
しかし、すももは、疑うことを知らないのか、単に言い辛いだけだと思っているのか、
「それじゃあ、いってらっしゃい!」
と、何一つ詮索せずに笑ってくれた。
そんなすももに、心の中で謝りながら、ボクは、すももの前から姿を消した。
これでいい。明日になれば、すももの記憶は、消えているはずだ。すももが、ボクのことで悲しむことはない。
そう。それでいい……
――――――――――
今日は、カリンがすももを送っていった。二人が出かけた後、ボクは、縁側に座り、お茶を飲みながら空を眺めていた。
「ふふふふ……あの雲、すももと八重野みたいだ……」
そんな独り言を呟いていると、珍しく、正史郎が、ボクに話しかけてきた。
「マツユキくん。今日は、私と出かけたりしてみないかい?」
「え? 正史郎と……? でも、正史郎、原稿の締め切り、今日じゃなかったっけ?」
図星だったのか、正史郎は、苦笑いを浮かべている。
「あははは……まあ……それはそれ。なんとかなるから」
そんな泳いだ目で言われても、正直困るのだが……
しかし、ボクのことは正史郎も知っている。気を使ってくれているのは確かだ。無下に断る理由もない。
「正史郎がそういうなら、別にかまわないけど……」
「それはよかった。それじゃあ、早速、行こうか」
と、ボクを抱き上げると、肩に乗せ、そのまま玄関の方へと歩き出す。
「あの……正史郎?」
「なんだい? マツユキくん」
「やっぱり、その格好で出かけるの?」
「何か、おかしいかい?」
「……うん……いや……いいです……」
作務衣に下駄。さらに、肩には羊のぬいぐるみ。おまけに、正史郎自体が、かなりの美形だ。目立たないわけがないのだが、正史郎は、気にした風も見せない。
とはいえ、いつものことなので、ボクは、黙ってぬいぐるみの振りをすることにした。
――――――――――
正史郎の肩に揺られること数十分。のんびりと歩いて辿り着いた先には、大きな観覧車が見えた。ここは、街外れにある遊園地だ。
「ここは……」
ボクは、思わず、感嘆の声を上げる。すると、
「そう。私とマツユキが、初めて星のしずくを掬った場所……」
そこには、すももを送り、そのまま仕事に出かけたはずのカリンが立っていた。
「え!? カリン? どうしてここに……」
「私だって、有給休暇ぐらいあるわよ?」
カリンの微笑みの向こうに、十七代目マネージャーの泣き顔が見えた気がした。いや。実際、泣いていることだろう……
「はぁ…………二人とも、無茶して…………」
ボクは、湧き上がる気持ちが涙に変わる前に、大きな溜息とともに、それを吐き出した。
「ほら、マツユキ! 今日は、目一杯遊ぶわよ!」
カリンが、走り出す。
「ああ! カリンさん! 待ってください!」
正史郎が追いかける。
ボクは、幸せ者だ――
――――――――――
遊園地の中は、平日ということもあってか、人の姿は、まばらだった。アトラクションに乗ってしまえば、ボクたちだけの空間になることも多く、ボクも一緒に楽しむことが出来た。
ほとんどの乗り物を制覇しただろうか。そろそろ、日も暮れる時間だ。
すももが、幼稚園で待っていることだろう。
「カリン。そろそろ、すももを迎えに行く時間だよ」
「うん? ああ。すももなら、大丈夫よ。ナツメに頼んであるから。今日は、ナツメの家に泊まるようにも言ってあるから、心配しないで」
正史郎を見上げると、やはり、苦笑いを浮かべながら、首を振っている。どうやら、ボクは、ナツメにも感謝しなければならないようだ。
「ねえ、マツユキ。最後に、あれに乗らない?」
「あれって……」
カリンの指差す先には、この遊園地の名物。『世界で一番星に近い観覧車』。確か、そんな歌い文句で、一世を風靡したのを覚えている。
観覧車の前に辿り着くと、正史郎が、ボクをカリンの頭に乗せた。
「ボクは、疲れたから、そこのベンチで休んでいるよ。二人でいってらっしゃい」
そういうと、正史郎は、大きく伸びをしながら歩いて行ってしまった。
カリンは、頭の上からボクを下ろすと、少し強めにボクを抱き締めた。
カリンの腕の中か……何年振りだろう……
懐かしい香りが、ボクの体を包み込む。
ボクたちは、顔を見合わせると、そのまま観覧車に乗り込んだ。ぬいぐるみを抱いて一人で乗る女性の姿に違和感を覚えたのだろう。もぎりのおじさんが、面白い顔をしていたが、面白い顔だったので、気にしないことにした。
観覧車に乗ると、カリンは、外の景色を眺めながら、ポツリポツリと昔話を始めた。
「マツユキ。見て! あの高台! よく、しずくを掬いに行ったわよね?」
「うん。そうだね……はははは……そういえば、一度、靴が脱げて、盛大に水溜りに落ちたこともあったっけ?」
理由は忘れてしまったが、その時、慌てていたカリンは、靴紐をちゃんと縛らずに星のしずくを掬いに出かけた。そんなときに限って、動きの速いしずくが相手だった。カリンの激しい動きに悲鳴を上げたカリンの靴は、その圧力に耐えきれず、カリンを残して大空を飛んだのだった。バランスを崩したカリンは、勢いに任せて、そのまま水溜りにドボン。
すると、カリンが、口を尖らせた。
「マツユキ、そんなことばかり覚えてるんだから……」
拗ねるカリンの表情が、水溜りに落ちた時の表情と重なり、ボクは、お腹を抱えて笑い出してしまった。
「あはははははっ……!」
「ちょっと、マツユキ? 笑いすぎよ?」
「ああ……はぁ……はぁ……ごめん、ごめん。でも、あれがあったから、正史郎にも出会えたんだよね」
そう。結局、星のしずくを掬うのに失敗したカリンは、その場で泣き崩れてしまった。そんなカリンに手を差し伸べたが、正史郎だったのだ。
「うん……そうね……」
そういって、カリンは、窓の外をぼんやりと眺め始める。今日という一日を照らして続けてくれた太陽が沈んでいく。ボクは、そっと、「ありがとう」と呟いた。
「? 何か言った?」
「ううん。別に……」
ゆっくりと夕日が沈んでいく。
そして、空には、星が輝き始めた。
「ねえ、カリン」
「うん……」
「前もこうして、二人で乗ったことあったよね?」
「『この揺り籠が、空に一番近づいたとき……』」
カリンが、そこで言葉を止めた。ボクは、その続きを紡ぎ出す。
「『この星空は、ボクたちのもの』」
ボクたちは、顔を見合わせる。
「そっか……覚えていてくれたんだね……」
「そうね。マツユキにしては、いい台詞だったもの……」
その頂上まで、後少し。ボクとカリンは、空を見上げた。
…3……2………1…………
頂上に辿り着いた瞬間、大きな星が流れていくのが見えた。
「カリン! 今、月の横を――」
「ええ。星のしずくよ!」
ボクたちは、顔を見合わせる。どうやら、最後の仕事が出来たようだ。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第05話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第05話「ふたりのてのひら」
その後、5人は、皆で倒れた机の後片付けを始めた。一度出て行った担任の教師も、事の報告に戻っただけだったようで、すぐに戻ってくると、みんなを手伝ってくれた。
後片付けが終わった頃、それぞれの両親が、図らずも、同時に迎えにきた。
皆、笑顔で自分の父や母の手を握る。いつもと少し違う子供たちの様子に、親たちは、互いに顔を見合わせた。
教室を出て、校門の前に辿り着くと、すももと八重野は、左へ。白鳥たちは、右へと歩みを進めた。
「あら? 秋姫さんたちは、あちらの方かしら?」
「うん白鳥さんたちは、向こうなの?」
そして、互いに頷きあう。どうやら、三人とは、ここでお別れになるようだ。
「それじゃあ、バイバイ!」
「さよなら」
「ごめんあそばせ」
「バイなら〜☆」
「バイちゃ♪」
それぞれが、個性的な別れの言葉を告げると、すももは、カリンの手を離し、八重野の元へと駆け寄った。
そして、八重野を覗き込むようにして話しかけた。
「ねぇ、八重野さん」
「何? 秋姫さん」
「八重野さんの名前って、難しい漢字だよね。なんて読むのかな?」
そんなすももの言葉に、昨日の夜、クラス名簿を眺めていたすももの姿を思い出した。
――――――――――
「ねぇ、ユキちゃん。八重野さんの名前、どこにあるかな?」
「えっと……あ! きっと、これだね」
名簿の先頭を飾るのは『秋姫すもも』。そして、最後を飾るのが『八重野撫子』という名であった。
「???……ユキちゃん……八重野さんの名前、なんて読むのかな?」
『撫子』か……確かに、すももには、難しい漢字かもしれない。
「え? すもも、こんな簡単な漢字も読めないの? それは、八重野さんに、失礼だよ」
「えっ!? そうなの?……うわぁぁぁん……どうしよう……」
そんなボクの意地悪を、素直に受け止めるすももの泣き顔が可愛らしかった。
「すもも。大丈夫だよ。皆、始めは知らないこと。正直に、八重野さんに聞いてごらん。きっと、答えてくれるから」
「そうかな?」
「うん」
「嫌われたりしないかな?」
「うん。大丈夫さ!」
――――――――――
すももは、ボクの言葉通り、素直に聞く道を選んだようだ。
すると、八重野は、少し嬉しそうに、微笑を浮かべながら答えた。
「私の名前? 私の名前は、なでしこ。八重野撫子だよ」
「……なでしこ……ちゃん……」
すももは、顎に指を添えて、少し考えると、
「あのね。八重野さん。八重野さんのこと……『ナコちゃん』って、呼んでもいいかな?」
八重野が、目を丸くする。もしかした、らそんなことを言われたのは、始めてなのかもしれない。
しかし、すぐに満面の笑みに変わると、
「秋姫さんの名前、確か、『すもも』でよかったよね?」
「うん! わたしの名前は、秋姫すもも!」
「それじゃあ、秋姫さん。私のこと、『ナコ』って、呼んでもいい。その代わり、私は、『すもも』って呼ぶ。それでいい?」
「うん! もちろんだよ!」
夕日が、地平線の向こうへと消えていく。夕日の温かな導きに変わって、月と星の静かな瞬きが、二人の歩む道を照らし出す。
いつしか繋がれていた、二人の手と手。その小さな温もりは、いつしか、お互いの未来を助け合う、大きな手の平へと変わっていくのだろう。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第04話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第04話「わらいごえは、そらのかなた」
次の日の夕方。園児も、残り少なくなってきたころ、すももは、鞄からボクを取り出した。
「ユキちゃん」
「ん?」
「わたし、八重野さんに、話しかけてみる。一緒に来てくれる?」
すももは、緊張しているのか、変な力加減でボクを抱き締める。
そんなすももが可愛らしくて、ボクは、「うん」と、微笑み返した。
すももは、気合を入れながら、八重野の方へと体を向け、歩き出そうと、顔を上げる。
すると、例の三人組が、行く手に立ち塞がった。
「あら、嬉しいわ。そのぬいぐるみ、わたくしたちのために、持ってきてくださったのね」
「ほんとに?☆」
「わかってるじゃない♪」
そんな好き勝手なことを言う三人の手が、昨日と同じように、ボクに伸びる。すると、すももは、一歩後ろに下がり、ボクをしっかりと抱き締めた。
空を切る白鳥の小さな手。すももの行動が意外だったのか、三人は、驚きの表情を見せる。しかし、その表情は、少しずつ、怒りの朱へと変わっていった。
「わたくしを辱めるとは……いい度胸ね。秋姫さん……」
「あらあら☆」
「まあまあ♪」
顔色を変える白鳥。すももの腕が、かすかに震えるのがわかった。すると、すももは、昨日、ボクと話した時と同じように、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
「……ちょっと、秋姫さん?……ああもう! いいから、そのぬいぐるみを渡しなさい!」
「渡しちゃいなよ☆」
「渡したほうがいいよ♪」
再び、白鳥の手がボクに伸びようとする。
すると、突然、すももが大きな声で言った。
「ごめんなさい! この子、とっても大切なお友達なの!……だから、ごめんなさい!」
すももの拒絶の言葉に、白鳥が、唇を噛む。そんな自分の表情に気付いたのか、白鳥は、気まずそうな顔をすると、一度、下を向く。
「わたくしとしたことが……」
悔しそうに、小さく呟くと、再び上げた顔には、いつもの自信に満ちた歪んだ笑顔が戻っていた。
「ふぅ…………秋姫さん。わたくしが、誰だかご存知かしら?」
「知ってる?☆」
「知らないわけないよね♪」
すももは、不思議そうな顔をしながら答える。
「? 白鳥さん……だよね?」
「そうよ! 白鳥財閥の白鳥さんよ!」
「そうなのよ☆」
「そうなのだ♪」
…………。ボクは、呆れてしばらく固まった。
「??? えっと……それと、ユキちゃんと、どういう関係が……?」
すももも、よくわかっていないようだ。
「キーーーッ! わたくしは、白鳥財閥のお嬢様なの! だから、あなたより、すごいの! 偉いの! 立派なの!!! あなたたち庶民は、わたくしの言うことを、素直に聴いていればいいの! わかって!?」
白鳥は、顔を真っ赤にして捲くし立てた。すももも、勢いに押されてはいるものの、その表情は、恐怖というより、困惑の色の方が強い。
すると、横から静かな声が響き渡った。
「白鳥。あなたの負けよ」
振り返ると、そこには、八重野が立っていた。
「……くっ……八重野撫子……」
白鳥は、苦虫を噛み潰したような表情で、八重野を睨み付けた。
すももの態度が気に入らなかったのだろう。虫の居所が悪いようだ。昨日とは打って変わって、八重野に突っかかる。
「いつもいつもあなたは、わたくしの邪魔ばかり……!!!」
白鳥が、八重野に掴みかかる。八重野は、真正面から、その手を受け止めたが、白鳥の勢いに押され、一歩後ろに下がると、
「……っ!」
八重野が、机からはみ出していた椅子に足を取られ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「あっ!」
「きゃっ!」
ドン!!!
倒れた八重野の上に、白鳥が、圧し掛かるように倒れこんだ。
「ぐっ……」
八重野のくぐもった声が聞こえた。
「八重野さん!」
すももが、叫ぶ。
八重野が、「大丈夫」と言わんばかりに微笑み返そうと、必死に目蓋を抉じ開ける。
しかし、開いた八重野の目蓋に映ったものは、倒れこんでくる机の姿だった。
一つは、白鳥の後頭部に向かって――
そして、もう一つは…………八重野の顔に向かって――
八重野は、咄嗟に、白鳥の頭を両腕で抱きしめる。両手を塞いでしまった八重野は……
ただ、堅く目を閉じた――
ガラガラガッシャーン!!!!!
机の倒れる稲妻のような轟音が、教室中を振るわせる。
「…………っっっ!!!」
皆の声にならない悲鳴が、飲み込まれていく。
モウモウと埃が舞う中、一転して、静寂が訪れた。
「んっ……」
ゆっくりと起き上がったのは…………どうやら、白鳥のようだ。雛鳥のように、きょろきょろと辺りを見渡している。
「ん…………あれ……?」
同時に、八重野も体を起こした。不思議そうな顔をしながら、しきりに、自分の顔と腕を気にしている。
「……なんともない……どうして……?」
よく見ると、八重野たちを、小さな影が包んでいるのが見えた。
その影の主は、誰でもない。ボクを抱いているすももだった。
「八重野さん、白鳥さん、大丈夫?」
「……あっ……はい……」
「……秋姫さん……もしかして、机を?」
よく見ると、倒れた机は、八重野たちから数十センチ離れた所に転がっていた。
「うん。八重野さんと白鳥さんを助けなきゃ……って思ったらね。なんだか、体が動いたの」
ガラガラガラ!
そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。机が倒れる音を聞きつけたのだろう。同時に、担任の教師が入ってきた。
「どうしました!?…………っ!」
教師は、教室の惨状を見て、息を呑んだ。その中心に倒れ込む八重野たちの姿を確認すると、こちらに向かって駆け寄ってきた。
「八重野さん、白鳥さん、大丈夫? 怪我はない?」
「あ……はい……」
「特には……」
八重野と白鳥の無事を確認すると、教師は、安堵の溜息を吐いた。同時に、少し、厳しい顔になると、続けて訊ねてきた。
「それで、なにがあったんですか?」
教師の問いに、白鳥の目が泳ぐ。意外と、嘘を吐けないタイプのようだ。
そんな言葉に詰まる白鳥を見て、すももが口を挟んだ。
「先生! えっと……わたしが、転びそうになったんです。そうしたら、八重野さんと白鳥さんが助けてくれて……わたしは、無事だったんですけど、今度は、八重野さんたちが倒れてしまって……それで、机がバタバタと……そうだよね? 八重野さん、白鳥さん」
すももは、しどろもどろになりながら、一生懸命説明すると、八重野たちに同意を求めた。
「あっ!……はい。そうです!」
八重野は、すももの意図を掴んだのか、即座にすももに同意する。すると、教師の視線は、白鳥たちの方へと向く。
「えっと……その通りです。そうよね? 友枝、蘭?」
「そ、その通りです☆」
「ま、間違いありません♪」
白鳥たちも、調子よく、すももたちに合わせる。
すると、教師は、笑顔に戻って、
「そうですか。秋姫さん。気をつけてくださいね。それから、八重野さんと白鳥さんも。お友達想いなのはいいことですが、自分たちが代わりに怪我をしないでくださいね」
そして、そのまま教室を出て行った。
扉が閉まると同時に訪れる束の間の静寂。
ふと、すももが、笑い声を上げ始めた。
「ふふふっ……」
つられて、八重野も笑い出す。
「んくっ……ふふふっ……はははは……」
白鳥たちは、そんな二人の姿を見て、しばらく呆気に取られていたが、やがて、一緒に笑い始めた。
はははははははははははははは
5人の笑い声は、空の彼方へと響いていった。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第03話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第03話「なでしこのことば」
家に着くと、既に帰宅していたカリンが、笑顔で娘の帰りを迎え入れた。
「おかえりなさい。すももちゃん」
「うん。ただいま」
今日は、一段とすももの声のトーンが低い。そんな様子を見たカリンは、いつもより数割り増しの笑顔ですももに微笑みかける。
「すももちゃん。手を洗っていらっしゃい。ごはんにしましょう。今日は、ママ特製のオムライスよ!」
「っ!……うん!」
すももは、嬉しそうに靴を脱ぐと、バタバタと洗面所へと向かっていった。
――――――――――
食事を終え、一息ついたすももは、頬杖をつきながら、星の煌く夜空を眺めていた。きっと、八重野のことを考えているのだろう。ボクは、すももに問いかけることにした。
「すもも。目を閉じてごらん」
「目を?……うん」
すももは、素直にボクの言葉に従って瞳を閉じた。
「それじゃあ、すもも。ボクのこと、『怖い』って思う?」
「えっ? ユキちゃんが? どうして?」
すももは、ボクの質問に驚いたのか、目を開けてボクの方を向いた。
「あっ! すもも。目は、閉じたまま」
「う……うん」
すももは、再び目を閉じて、ボクの言葉に耳を傾ける。
「それじゃあ、もう一度聞くよ? ボクのこと、『怖い』って思う?」
「ううん。怖くないよ」
すももは、迷うことなく答えた。
「うん。じゃあ、八重野さんは? 八重野さんは、『怖い』かな?」
「…………ううん。怖くは……ない」
ボクの時より少し間があった。しかし、すももは、ハッキリと首を振った。
「それじゃあ、あの三人は?」
「……………………」
三人の姿が、すももの頭の中に浮かんでいるのだろう。答えを探して悩んでいるようだ。
ボクは、黙って、すももの答えを待つ。
数分経っただろうか……いや、実際は、数秒だったのかもしれない。とても長く感じられた沈黙の果てに、すももが出した答えは―
「少し……怖いかもしれない」
「少し?」
「うん。少し」
少し……か。それなら、
「ねぇ、すもも。その少しの怖さって、我慢出来ないかな?」
「怖さを……我慢するの?」
すももは、目を開けて、ボクの瞳を見つめた。
「うん」
ボクは、すももの小さな手の平に、自分の手を重ねた。
すももは、もう一度、瞳を閉じる。そして、自分に言い聞かせるように、小さく肯いた。
再び開いた目と、ボクの目が重なり合う。
「わたし、きっと、我慢出来る!」
その瞳に宿るものは、小さな女の子が作り出した、小さな勇気の輝きだった。
「うん!」
すももが微笑む。
ボクも微笑み返す。
そして、すももは、もう一つ、勇気を持つことが出来たようだ。
「ねぇ、ユキちゃん」
「うん?」
「わたし、八重野さんと、お友達になりたい!」
「……っ!……うん!!!」
嬉しさの余り、ボクは、すももに抱きつき、頬ずりをする。
「ユキちゃん、くすぐったいよ!」
ボクたちのささやかなじゃれあいを、星の微笑が包み込んでいた。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第02話
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第02話「そのであいは、ゆうきのはじまり」
身支度を済ませたすももは、カリンと手を繋ぎ、幼稚園への通学路を歩き出す。ボクはといえば、すももの小さな鞄の中で、じっと息を潜めていた。
真新しい鞄。真新しい鉛筆。真新しいノート……まだ、ほんの数回しか使われていない未来の宝物たちに埋もれ、ボクは、少し幸せな気分になる。
外の様子を窺うことは出来ないが、満開の桜の花びらを通り抜けた朝日が、鞄の中に射し込んで来る。澄み渡る空の蒼が、目蓋の裏に映し出される。
やがて、目的地が近くなってきたのか、子供たちの喧騒が聞こえてきた。
ふと、鞄の揺れが止まる。
「じゃあ、すももちゃん。いってらっしゃい」
カリンは、すももの頭を撫でながら、しばしの別れを告げる。すももは、嬉しそうに、
「うん。いってきます!」
と答えて、元気に駆け出した。
――――――――――
すももが教室に入り、自分の机に鞄を置くと、三人の女の子が集まってきた。
「おはようございます。秋姫さん。昨日は、ありがとうございました」
「助かったよ☆」
「さんきゅ♪」
お礼を言われているようだが……すもも、何かしたのだろうか?
「ううん。いいの……」
すももの声が、突然暗くなる。すももにしては珍しく、相手から目を逸らして答えている。すももの俯く顔を見上げると、悲しそうな表情が目に入った。
「それじゃあ、また、お願いしますね」
「ごめんね☆」
「またね♪」
「えっ?……またって? あのっ……」
すももは、顔を上げ、引き止めようとしたようだが、三人には聞こえなかったのか、気付く事なく、そのまま行ってしまった。
ボクは、何があったのか聴こうと、すももに声をかけようとした。しかし、運悪く、担任の教師らしき人が入ってきてしまった。
「ほらほら、皆、席に着きましょうね!」
走り回る生徒たちに手を焼く教師の姿が見える。しかし、その顔に浮かぶのは、満面の笑顔だ。
「(すもも、いい先生に出会えたみたいだな……)」
ふと、そんな教師と子供たちの姿に、ボクとカリンの姿が重なった。懐かしさが込み上げてくる。
「(うん。ボクが教師で、カリンが、幼稚園児だな)」
そんなことを考えながら、ボクは、鞄の中で、こっそり微笑んだ。
――――――――――
気がつくと、陽の光が、赤く染まり始めていた。
あの三人とすももの関係を聴くことはおろか、鞄から出ることも出来なかった。
ここは、幼稚園だ。子供たちは、常に走り回っているし、昼寝の時間になれば、すももも一緒に眠ってしまう。やはり、ここですももと話すのは、難しいのだろうか……
やがて、子供たちが、迎えにきた両親に連れられて、一人一人帰っていく。今日は、正史郎が迎えにくる予定になっていたはずだが……少し遅れているようだ。
退屈なのか、すももが、鞄の中からボクを出して話しかけてきた。
「ユキちゃん。パパ、遅いね」
ボクは、軽く周りを確認すると、出来る限り表情を変えないように、かすかに首を縦に動かした。
すると、ボクの姿が見えたのか、今朝の三人組が、こちらにやってきた。
「あら。秋姫さん。可愛らしいぬいぐるみさんね。わたくしたちにも、貸してくださらない?」
「うんうん。可愛い☆」
「ひつじさん〜。ひつじさん〜♪」
次の瞬間、ボクは、言葉遣いだけは、やたらと丁寧な子の腕の中にいた。
「あ……あの……白鳥さん……」
すももは、半分泣き顔で、その子の名前を呼んだ。
「どうしたの? 秋姫さん。ちょっと、お借りしたいと言っているだけですわ…………明日までね」
「それとも、来週?☆」
「ずっとかもね♪」
そして、三人は、ボクをボールのように投げ始めた。
「あ……あの……」
すももが、ボクを奪いに行こうとすると、その子は、隣の子に向かってボクを投げる。結局、すももは、三人の間をグルグル回りながら、オロオロするばかりだ。
(な……なんとかしなくちゃ……)
そうは思うものの、ここでむやみに動き出す訳にもいかない。
成す術も無く、ボクは、空を飛び続ける。
何度、空を飛んだだろうか、ボクが辿り着いた先は、それまでに感じたことのない、力強い腕の中だった。見上げると、すももより頭一つ分以上大きいだろうか? 男の子かとも思ったが、腰の辺りで切りそろえられた長い黒髪がそれを許さない。酷く無表情だが、端正なその顔立ちは、美少女と言って差し支えない。いや。美少女という言葉だけでは、足りないかもしれない。このクラスの中で……いや、園内でも、一際目立つであろう少女がそこにいた。
「あら、八重野さんではありませんこと? そのぬいぐるみ、わたくしたちのものですの。申し訳ありませんが、返していただけるかしら?」
ノウノウと言い放つ白鳥。八重野という少女と仲が悪いのか、穏やかな声とは裏腹に、忌々しそうな視線を向けて睨みつけている。
八重野も、少し厳しい顔つきに変わり、
「これは、秋姫さんのもの。違う?」
「ええ。ですから、『わたくしたちのもの』と申し上げましたわ」
「……っ!」
白鳥の瞳に込められた嘲笑に、八重野の表情が硬くなる。同時に、八重野の腕が小刻みに震えだした。
すると、
「瑞希さん、友枝さん、蘭さん」
「お母様!」
白鳥が、元気よく返事をする。どうやら、白鳥の母親が迎えに来たようだ。取り巻きの二人も一緒なのか、同時に駆け寄っていく。三人は、白鳥の母親に手を引かれ、そのまま、帰って行った。
八重野は、悔しそうに、ボクを握る手に力を込めた。
(うっ……ちょっと、苦しいかも……)
そう、思いつつも、すももを助けてくれたこの少女には、感謝の言葉もなかった。
白鳥の姿が見えなくなり、安心したのか、すももがこちらに駆け寄ってくる。
「八重野さん。助けてくれて、ありがとう」
すももが、満面の笑みで、ちょこんと頭を下げる。
しかし、八重野は、すももを見つめながらも、言葉すら発することなく、ただ、無表情にすももを見下ろしていた。
「あ……あの……」
気付くと、すももは、再び涙目に戻っていた。助けてくれたはずの八重野が、ボクを持ったまま、ただ立ち尽くしている。そんな八重野の姿は、ボクの目から見ても異様としか言いようがなかった。
どれだけ見つめ合っていたのだろう。ふいに、八重野が口を開いた。
「秋姫さん」
「は……はひぃ!」
すももは、怯えた子犬のようにビクリと返事をする。
「何か、用事でもあるの?」
「……え?」「(えっ!?)」
ボクは、危うく声を上げそうになった。すももが言いたいこと。八重野は、わかっているはずだ。だからこそ、すももを助けたのではないのか?
そのとき、すももの瞳と、八重野の腕に抱かれたボクの瞳が重なった。
すると、すももの中で、何かが変わったのだろうか? その瞳が、強い光を宿し始めた。
そして、すももが持つ限りの大きな声で言った。
「八重野さん! その子、とても大切な、わたしのお友達なの! だから、お願い! 返して!」
言い終わると、すももは、気が抜けたのか、床にペタンと座り込んだ。
すると、八重野は、すももの頭に大きな手の平を乗せ、ゆっくりと口を開いた。
「秋姫さん」
すももが、八重野と目を合わせる。
「……あなたは、私に、「この子を返して欲しい」ということが出来た。それなのに、あの三人の前で、何も言うことが出来なかったのは、何故?…………私とあの三人は、何か違うの?」
すももは、目を見開き、八重野の顔を見つめている。八重野は、すももの手にボクを握らせると、そのまま扉の方へと歩き出した。すると、丁度、一人の女性が顔を出した。
「あら、撫子。丁度よかったわ。帰るわよ」
「はい」
どうやら、八重野の母親と鉢合わせたようだ。
八重野は、扉の前で、一度、こちらを振り向くと、
「秋姫さん。少し、考えてみて」
そういって、立ち去っていった。
すももは、ボクを抱いたまま、正史郎が迎えにくるまで、ぼーっと扉の向こうを見つめていた。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜第01話
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
第01話「ずっといっしょ……」
時刻は、早朝6:00を回ったところだ。夜明けの風は肌寒く、ボクは、体を震わせた。
まだ、薄暗い朝日の中、ボクは、すももの部屋の前に立ち尽くす。まだ、眠っているのだろう。少し開いた扉から、小さな寝息が聞こえてくる。ボクは、そっと扉を押すと、すももの部屋へと体を滑り込ませた。
部屋に入ったボクは、すももの眠るベッドに近づき、使い慣れた短い手足を駆使してよじ登る。ベッドの上に頭を出すと、丁度、目を覚ましたすももと目が合った。
「?……羊……さん?」
すももは、動く羊のぬいぐるみの姿を見て、目を丸くしている。
丁度いい。ボクは、驚かせついでに、用意してきた作り話を始めることにした。
「おはよう。すもも。ボクの名前は、マツユキ。ボクはね。『友達の妖精』なんだよ」
「……友達の……妖精さん?」
目が覚めてきたのだろう。すももの瞳が、次第に輝きを帯びてきた。
「そう。友達の妖精。すももちゃんは、幼稚園に入ってから、お友達って出来たかな?」
「……ううん。まだ……」
すももは、少しうつむき加減で、小さく首を振った。
「ボクはね。すももが、お友達を作るのを助けるために、妖精の国からやって来たんだ」
すももは、体を起こすと、小さな手の平で、ボクを抱えあげた。
「えっとね。妖精さん。……まちゅゆき……まちゅ………まちゅ……………あうぅぅぅ……」
『つ』が、上手く発音出来ないのか、すももの大きな瞳に、涙が浮かび始めた。
「……えっと……そうだ! ボクのことは、『ユキ』でいいよ」
「ユキ……ユキちゃん?…………ユキちゃん!」
「うん。それでいいよ」
すももは、ボクのニックネームが気に入ったのか、『ユキちゃん』『ユキちゃん』と繰り返しながら、嬉しそうにクルクル回り始めた。
やがて、ベッドの上にストンと座り込んだすももは、ボクにこう言った。
「あのね。ユキちゃん。わたし、ユキちゃんがいれば、他にお友達なんかいらないよ? だからね。わたしと、ずっと一緒にいて欲しいな……」
すももの言葉に、ボクは、目を丸くする。何故、すももがそんなことを言うのか、全く理解出来なかった。
すぐに返事をしなかったボクに不安を覚えたのか、すももの笑顔に影が射し始めた。
「ユキちゃん? 一緒にいてくれないの?」
実際、ボクは、後3日しか、すももと一緒にいることが出来ない。
でも……そうだな。ボクがいなくなっても、ボクについての記憶は、カリンが消してくれるはずだ。どの道、消える記憶なら、多少の嘘はかまわないだろう。
「ううん。ボクは、すももちゃんとずっと一緒にいるよ。でもね。それには、一つ条件があるんだ」
「じょう…けん?」
言葉の意味がわからなかったのか、すももは、首をかしげている。
「あ……えっとね。すももちゃんが、幼稚園でお友達を作れば、ボクは、ずっと一緒にいられる。でもね。出来ないと、ボクは、いなくなってしまうんだ」
「ユキちゃん、いなくなっちゃうの?」
すももは、『いなくなる』という言葉にだけ、過剰に反応してしまったようだ。
「すもも。ボクは、友達の妖精だって、言ったよね? ボクたちの仕事は、お友達がいない子に、お友達を作ってあげることなんだ。もし、そのお仕事が出来なかったら、妖精の国の王様に、連れ戻されてしまうんだよ……」
「わたしにお友達が出来ないと、ユキちゃん、いなくなっちゃうの?」
「そう。だからね。頑張れないかな? すもも一人じゃダメでも、ボクと二人でなら……ね?」
「……うん……」
すももの中で、ボクと一緒にいたいと思う気持ちと、友達が出来るかどうか不安に思う気持ちが葛藤しているのだろう。
「ねえ、ユキちゃん。わたしにお友達が出来たら、本当に、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ」
少し胸が痛んだが、ボクは、かまわず肯いた。
「それじゃあ…………わたし、頑張ってみる!」
ようやく決意してくれたすももに、ボクは、安堵の溜め息を吐く。
すももの言葉に、少し引っかかりを覚えたものの、やる気を出すように導くことが出来たのは、結果オーライといったところか。
しかし、ボクは、すももの前でしか喋ることも、動くことも許されない。
どうすれば、すももに友達が出来るか……
ボクには、見当もつかなかった。
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜プロローグ
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
「プロローグ」
桜の香を乗せた夜風が吹きこむ小さな部屋の中。サラサラと、小川が流れるような筆を滑らせる音が響き渡っている。机の上の小さなスタンドライトの明かりだけが、カリンの手元を照らしている。
何か、アイデアが浮かんだのだろうか。カリンの筆の先から、瞬く間に純白のドレスが浮かび上がってくる。
1枚……2枚……
その鮮やかなペン先は、止まることなく踊り続ける。
日付が変わってから数時間が経過している。しかし、いつものことだ。きっと、朝までこのままだろう。
そう見切りを付けたボクは、机の上に乗ると、小さくその名を呼んだ。
「カリン?」
「どうしたの? マツユキ。出来れば、後にして欲しいんだけど」
カリンは、チラッと、こちらに視線を向けたものの、筆を走らせたまま、不機嫌な返事を返した。しかし、先延ばしにするわけにもいかない。ボクは、そのまま続けることにした。
「すもものことなんだけど……お願いがあるんだ」
すももの名前を出したからか、カリンの指が、ピタリと動きを止めた。そして、ボクの方を振り向きながら言った。
「すももが……どうかしたの?」
「うん……ここ数日、元気ないなって……」
すももが幼稚園に入園してから、数日が経つ。初めの頃は、瞳を輝かせて喜んでいたものの、最近、その笑顔が曇りがちなのだ。
「うーん。そうね。まだ、お友達も出来ていないようだし……でも、まだ、入って何日も経っていないわ。そんなに、心配する必要もないと思うけれど」
カリンは、あごに指を当て、空を仰ぎながら言った。そして、「時間が解決してくれるわよ」と、ボクに微笑みかけた。
確かに、そうかもしれない。すももは、とても優しい子だ。少し引っ込み思案な所が、すぐに溶け込めない理由だろう。やはり、時間の問題……いや。だからこそ、ボクには、話を続ける必要があった。
「あのね。ボクなら、ぬいぐるみの振りさえしていれば、いつでもすももの傍にいることが出来ると思うんだ。ほら。隣にいれば、少し背中を押してあげることくらい出来るかもしれないだろ?」
カリンは、ボクが言いたいことを察したのか、驚きの表情を見せた。
「……ちょっと待って! まさか、すももと会わせてとか言うつもりじゃないでしょうね?」
カリンの言葉に、ボクは、首を縦に振る。
「一日でも早く、すももに友達を作ってあげたい。ダメかな……?」
カリンは、少し慌てた様子で言った。
「マツユキ。あなたは、フィグラーレの力で動いているのよ? すももは、私の娘だけれど、レトロシェーナの人間なの。フィグラーレの魔法は、レトロシェーナの人に知られてはいけないのよ?」
もちろん、ボクも知っている。でも……
「カリン。どうしても、ダメかな……?」
カリンは、たっぷりと、30秒考えた後、
「…………ごめんなさい。『はい』とは言えないわ」
瞳を伏せながら、そう答えた。
しかし、ここで諦める訳にはいかないボクは、質問を変えることにした。
「それじゃあ、カリン。ボクの質問に、答えてくれる?」
「?……ええ。かまわないけれど?」
「ボクって、後、何日動けるのかな?」
「?…………っ!!!」
カリンが、一瞬、目を見開く。しかし、そのうち気付かれるであろうことは、覚悟していたのだろう。すぐに落ち着きを取り戻すと、少し低い声色で言った。
「気付いていたのね……」
「うん」
ボクは、カリンに召還された『使い魔』という存在だ。使い魔とは、主の召還の言葉によりその生を受け、一人前のスピニアになるまでの間、その成長を助ける役目を果たす。普通、主がスピニアになったとき、その役目を終え、眠りにつく。
しかし、当時のスピニアの中でも、飛び抜けて大きな魔力を持っていたカリンは、まだ、自分の力を制御することが出来ずにいたこともあり、ボクを呼び出す儀式を暴走させてしまった。幸いなことに、物理的な被害は皆無といってよかったが、暴走の副作用とでも言うべきか……ボクは、カリンがスピニアになった後も、かなり長い間動くことが出来てしまうという特異体質を持って産まれることとなった。
しかし、そんな時間も、無限ではないようで、ボクの体は、段々と思うように動かなくなってきていた。
ふと、カリンが、本棚の隣に立てかけてあるカレンダーに目を落とした。今日の日付と、小さな印が付けられた日付との間を、視線が行き来する。
「……そうね。後3日……といったところかしら……」
よく見ると、その小さな印は、ボクの顔になっているようだ。
そっか……後3日か……
「ねぇ、カリン。確かに、何日か待てば、解決する問題だと思う。でも、ボクには、後3日しか、時間がない」
「…………」
「ボクね。最後に、もう一度だけ、すももの笑顔が見たい…………ダメかな?」
ようするに、ただ、それだけのことだ。
カリンは、なんだか、寂しげな表情を浮かべながら、厳しい顔をすると、感情を捨てた声で告げた。
「……すももは、あなたのこと……忘れてしまうわよ?」
言葉は違ったかもしれない。しかし、カリンは、ハッキリと言った。
『すももの記憶を消す』と。
それは、フィグラーレの魔法を見られてしまったときの対処法。
その人のフィグラーレに関する記憶を消すという最終手段……
しかし、それも、覚悟の上だ。
「今だって、すももは、ボクのことをぬいぐるみとしか思ってないよ。ぬいぐるみが、ぬいぐるみになるだけさ――」
少し、声がどもってしまったかもしれない。そんなボクに、
「……本当に……」
本当にいいの?
カリンは、そう、問いかけたかったのだろう。しかし、ボクは、首を振り、カリンの言葉を遮った。
その問いを、迷わず肯定する自信は無かったから――
すると、カリンは、深く椅子に座り直し、クルリと背中を向けながら言った。
「わかったわ。マツユキの好きにしなさい……でも、そんな我儘、もう、二度と聞かないんだからね」
そして、この話はお仕舞いとばかりに、また、筆を走らせ始めた。その背中が、やけに小さく見えた。
「……ありがとう」
少し、強引過ぎただろうか……ボクは、小さなモヤモヤを抱きながら、カリンに背中を向けて歩き出した。
そして、ドアの前で、ふと立ち止まる。一つだけ、どうしても気になることがあったから。
「ねえ、カリン」
「まだ、何か用?」
「すもものこと。どうして、そうやって放っていられるの?」
すももに対するカリンの態度は、冷たく見えた。しかし、同時に、温かさも感じられた。
そんなカリンの姿が、ボクには不思議だったのだ。
すると、カリンは、呆れたように答える。
「私は……すももを信じているもの」
「…………そっか」
後ろを向くカリンの背中は、優しく微笑んでいるように見えた。
ボクは、カリンの温かさを背に、すももの部屋へと向かっていった。
更新履歴
2008-01-18:「ユキちゃんの一日 その7」
2007-08-22:ななついろ★ドロップス短編〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
2007-07-21:「オー!ユッキー その3」
2007-07-14:「ユキちゃんの一日 その6」
2007-07-07:「オー!ユッキー その2」
2007-07-01:「オー!ユッキー その1」
2007-07-01:「ユキちゃんの一日 その5」
2007-06-21:「ユキちゃんの一日 その4」
目次
ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
・「プロローグ」
・第01回「ずっといっしょ……」
・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
・第03回「なでしこのことば」
・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
・第05回「ふたりのてのひら」
・第06回「ボクがきえるひ」
・第07回「にびいろのしずく」
・第08回「せいしろうとぼく」
・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
・「エピローグ」
・あとがき
冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
・「オー!ユッキー その3」
・「オー!ユッキー その2」
・「オー!ユッキー その1」
ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
・「ユキちゃんの一日」
・「ユキちゃんの一日 その2」
・「ユキちゃんの一日 その3」
・「ユキちゃんの一日 その4」
・「ユキちゃんの一日 その5」
・「ユキちゃんの一日 その6」
ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
・はじめに
・第01回「はじまり」
・第02回「たいへんたいへん」
・第03回「すもものムチャ」
・第04回「ふたりといっぴき」
・第05回「ほしのはな」
・第06回「すもものなみだ」
・第07回「りべんじ」
・第08回「ここはどこ?」
・第09回「ほしぞらのしたで……」
・第10回「さかないの?」
・第11回「みんなのねがい」
・最終回「キミにむけるほほえみ」
・あとがき
