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2007年06月03日

最終回「キミにむけるほほえみ」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
最終回 「キミにむけるほほえみ」
 
 
 目蓋に降り注ぐ朝日の輝きに目を覚ます。カーテンの隙間から差し込む光と、星空に冷やされた大気の温度が眠りを妨げる。
 隣を見ると、秋姫の寝顔が見える。疲れているのだろう。スヤスヤと安らかな寝息を立てている。
 俺はというと……まだ、ぬいぐるみのままだ。今日が本当の満月ということだろうか?
 振り向くと、如月先生の姿が見えた。
「石蕗君。早いですね。目が覚めてしまいましたか?」
 如月先生が、小声で話しかけてくる。
「あ、はい。朝日が眩しくて……」
 俺は、あくびをしたまま、寝ぼけ眼でそう答えた。
「如月先生……ボクとすももを運んでくれたんですか?」
「はい。そうですよ。高台の光が気になって行ってみたんですが……仲良さそうに寄り添って寝ていましたよ」
 からかいモードに突入する如月先生の言葉を無視して、俺は質問を続けた。
「あの……ボクの体は……?」
「はい。眠っている間に、調べさせてもらいました。バッチリ回復したようです」
「そうですか」
 ホッと溜め息を吐く。
「あの……如月先生。聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「虹のしずくって、一体何なんですか? ボクたち、虹のしずくに包まれて、ここと同じような違う場所に連れて行かれたんです。そこにも、やっぱり星の種と虹のしずくがあって―」
 俺は、そこであった全てを、如月先生に話した。
 如月先生は、思い当たる節があるのか、何か考えているようだ。
「そうですね……虹のしずくは、願いを叶えようとするものに、試練を課すといわれています。今回の試練に当たるものが、その男の子と女の子を救うことだったのかもしれませんね」
 と、如月先生は語る。
「あの……如月先生」
「はい。なんでしょう?」
「もしかして、知ってました?」
「はい。知ってましたよ?」
「それじゃあ、先に言ってくださいよ!」
「ははははは。いやー。まあ、なんとかなったんですから、いいじゃないですか」
 そういって、俺の頭をぽふぽふと叩く。
 糠に釘とわかっていても、怒ってしまうのは何故だろう?
「……ん」
 少し騒ぎ過ぎたか、秋姫が目を覚ましてしまったようだ。
「ごめん。すもも。起こしちゃった?」
「っん……ユキ……ちゃん?」
「ああ。ごめんなさい。秋姫さん。ほら。ユキちゃんが騒ぐから……」
 騒がせたのは、誰ですか。
「怒りを抑えるのも、大人の器量ですよ」
 それは、時と場合によると思います。
「秋姫さん。調子は、どうですか?」
 秋姫は、寝ぼけ眼で、
「ふぁい。ちょっと眠い……ふぁ……です」
 秋姫は、かなり眠そうだ。
「そうですか。体の方は、疲れたり、だるかったりしませんか?」
「ふぁい。ちょっと眠い……ふぁ……です」
 秋姫。答えが同じだよ……
「そうですか。それじゃあ、大丈夫ですね」
 え!?
「如月先生! 本当に大丈夫なんですか!?」
「はい。秋姫さんは、健康そのものですよ?」
 如月先生は、不思議そうな顔をする。今の秋姫の答えでもわかるようだ。
「秋姫さん。残念ですが、そろそろ帰らないと、学校に遅刻してしまいますよ」
「はひっ……秋姫すもも。お家に帰ります……むにゃ……」
 そういうと、秋姫は、ドアに向かって歩いていき、
 
 ゴン!
 
 見事に頭をぶつけた。
「ユ゛ギぢゃん。い゛だい゛の……」
「……すもも。もう元の世界に戻ってきたから、壁抜けは出来ないよ……」
 よしよしと、秋姫の頭を撫でながら、俺は秋姫の涙を拭いた。
 しばらくして泣きやんだ秋姫は、ふらふらと家路に着いた。
「はぁ……すもも、ちゃんと家に帰れるかな?」
「まあ、大丈夫でしょう。電柱に3回くらいはぶつかるかもしれませんが……」
 電柱に謝る秋姫の姿が容易に想像できた。
「ところで、如月先生。さっきの問診ですけど……実は、適当だったりしませんか?」
「そうともいいますね」
 俺には、怒る気力もわいてこなかった。
 
 ――――――――――
 
 その日は本当の満月だった。昨日、戻らなかった分、前倒しにはならないかと期待もしたのだが、そうはいかないらしい。俺はぬいぐるみのまま寮で過ごすことにした。
 それにしても、昨日は疲れた。今日は、一日寝てしまおう。そう決めて目をつぶると、すぐに睡魔が襲ってきた―
 
 目を開けると、夕日が射し込んでいた。熟睡していたのか、一度も起きることなく、丸一日眠ってしまったようだ。
 眠りすぎで重い頭をかかえていると、
 
 コンコン
 
 ドアをノックする音が聞こえる。
「はい?」
(……って、返事しちゃダメじゃん!)
 気付いたときには、遅かった。扉の外側から、聞き覚えのあるくぐもった声が聞こえる。
「あの……秋姫……です」
 あ……秋姫?
「あ……えと……ごめん!……今、ちょっと出れなくて……その……」
「あ……いいの。そのままで……そのままでいいの。わたしの話、聞いてくれるかな?」
 秋姫の不安げな……それでいてホッとしたような声が、ドア越しに伝わってくる。
「……うん。わかった」
 俺は、顔を見せられない代わりに、しっかりと秋姫に返事をする。
 秋姫は、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと話し始めた。
「あのね。石蕗くん。わたしが階段から落ちた時、助けてくれてありがとう。それから、怪我をさせてしまって、ごめんなさい……」
「秋姫。俺、気にしてないから。ほら。結局、怪我もなんでもなかったしさ」
「でも……学校お休みしてたけど、本当に大丈夫?」
「ああ。うん。大丈夫。休んでたのは、別の理由で……怪我は、関係ないんだ」
「……うん」
 少し曖昧な返事をしてしまったか、秋姫の返事に納得した様子はなかった。しかし、秋姫はそのまま話を続ける。
「それから……ね。もう一つ、謝らなくちゃいけないの」
 ん? 階段のこと以外で? 秋姫、何かしたかな?
「ホントはね。昨日の内に……ううん。一昨日にでも、ここに来なくちゃいけなかったの。でも……わたし、怖くて……石蕗くんに嫌われたんじゃないかって……怖くて、ここに来ることが出来なかったの……でも……石蕗くん、そんなことで人を嫌いになるような人じゃないよね?……わたし、石蕗くんを信じることが出来なかったの……だから、ごめんなさい」
 これ、昨日の夕方の……秋姫、まだ勘違いしてるのか……
「秋姫。やっぱり、謝る必要ないんじゃないかな? だって、ほら。秋姫は今、俺が『そんな人じゃない』って言ったよね?」
「……うん」
「それって、俺のことを信じてくれてるってことじゃないの? 秋姫は、俺を信じることが出来なかったんじゃない。ちょっと怖くて……それで、答えを見失っていただけさ」
「…石…蕗…くん……」
「秋姫。俺、明日から学校行くから。あっ……午前中は行けないと思うけど、午後から行くから。だから…明日は……えっと………一緒に部活に行こう!」
 俺は、そのまま秋姫の言葉を待つ。
「……うん……石蕗くん。ありがとう」
 秋姫が廊下を走る音が遠のいていく。
 明日、秋姫に会ったら……俺は、秋姫に笑いかけることが出来るだろうか?
 
 ――――――――――
 
 次の日の朝、俺は、二日ぶりに元の姿に戻ることが出来た。しかし、今日は、病院に寄ってから学校に行くことになっている。如月先生の話によると、
「体の方は、心配ありません。でも、お医者さんの診断書がないと、学校側に説明し辛くて……」
 偽造出来なくもないんですが、手間がkkr…とかなんとかいっていた気もするが、気にしないことにする。
 病院に着くと、如月先生が予約を入れておいてくれた所為か、すぐに診察が始まった。
 その後もスムーズに進み、結局、2時間足らずで終わってしまった。
 会計を済ませるため、待合室でボーっと時計を眺めていると、見たことのある顔が視界に飛び込んできた。気になって、そちらに目を向けると……虹のしずくの世界で出会った、あの子たちに似ていた。俺は、驚きに目を見開くと、もう一度、二人の姿を確認する……少し大人になったような気もするが、間違いない。あの子たちだ。
 ふと、隣に座るおばさんたちの会話が耳についた。
「ほら。あそこの二人の話、聞いた?」
「あー。あの子の話? なんでも、もう治らないとか言われてたらしいんだけど、病院抜け出して流れ星に願ったら治ったとかなんとか」
「そうそう。不思議なこともあるものよね」
 あの子たちがここにいる驚きと、女の子が助かったことに安堵感を覚える。今夜、秋姫にも報告しておこう。
 しかし、会話に出てきた『流れ星』という言葉に引っかかりを覚えた。秋姫が記憶を消したのは確かだが、あの子たちの中で、『星の花』=『流れ星』ということになっているのだろうか?
 俺たちの住むこの星では、流れ星に願いをかけると叶うと伝えられている。もし、この流れ星が、星の花を示すのだとしたら……その力は、フィグラーレの力。その影響を受けた、俺たちは、同じようにスピニアによって記憶を消されることになる。結局、願いが叶ったという事実だけが残るわけだ。
 もしかしたら、俺たちは、大きな勘違いをしているのかもしれない。
 
 ――――――――――
 
 会計が済むと、病院の外に出る。真上に差し掛かった太陽の光に目が眩む。空には、雲一つ無く、透き通るような蒼が広がっている。
 病院の門をくぐると、昨日、ここで見た秋姫の笑顔が甦る。
 ふと、自分の頬が緩んでいることに気付く。
 
(そうか。俺、笑えるんだ……)
 
 俺は、軽い足取りで学校へと向かう。
 空には、一本の虹が架かっていた。
 
Fin
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第11回「みんなのねがい」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第11回 「みんなのねがい」
 
 
「あ? あれ?」
 何も起こらなかった。もう一度、ボタンを押してみるが、星が映し出されることはない。ボタンが違うのだろうか?
 もう一度、一通りボタンを確認してみるが、それらしきスイッチは、『再生』と書かれたそのボタンしかない。
「あ? あれ?」
 まずい……どうすれば動くかわからない……
「すもも。どこかに、マニュアルとかないかな?」
「マニュアル? えっと……机の下にある、これかな?」
 机の下を覗くと、それらしきものが見える。俺は、机を降りると、それを引っ張り出そうと力を込める。
「ん……あれ? ふんっ…………はぁ……」
 隙間にギッシリと本が詰まっていて、かなり硬くなっている。俺は、もう一度力を込める。
「この!…………う〜〜〜ん!」
「ユキちゃん!」
 秋姫が、俺の体を引っ張る。そうか、秋姫、俺なら触れるのか。
「いくよ、すもも!」
「うん!」
「せ〜〜〜の!!!」
 二人の声が重なる。しかし、今度は、俺の掴む手の方が耐えられなかった。
 
 ゴロゴロゴロゴロ……ゴン!
 
 俺は、そのまま後ろの壁まで転がった。肝心のマニュアルは……何事もなかったかのように、隙間に挟まったままだ。今の俺の手では、掴み続けるのも難しいようだ。
 しかし、諦めるわけにはいかない。俺は、もう一度力を込める。しかし、やはり上手くいかない。
 そこへ、展望室にいたはずの、少年が入ってきた。少年は、俺を抱えると、
「ありがとう、ひつじ君。後は、任せて」
 そういうと、少年は、机の下にしゃがみ、マニュアルを引っ張り出す。
 その中から、投影機の写真が載ったものを開く。
「……これかな?」
 少年がマニュアルを見ながらボタンを押すと、投影室を映すモニターが暗くなった。投影室の電気が消えたようだ。少年がそのまま操作を続けると、投影室が、ぼんやりと明るくなり始めた。そこに、無数の星がきらめき始める。
「よし! 行くよ!!」
 少年は、俺を抱えて走り出した。秋姫も、後をついてくる。
 投影室に着くと、天井に映し出された星の光が、星の花を照らしている。少年が、少女の下へと辿り着くと、枯れかけていた蕾が元の色を取り戻し、少しずつ開き始めた。蕾の中から光が生まれ、少女の体を包み始めた。少女は、柔らかな光の中で、そっと目をつぶる。
 
 花が…………咲いた!
 
 星の花の光が、一際輝きを増す。俺たちは、その光に願いをかける。
 
 少年は願った。『不治の病から、この少女を解放して欲しい』と。
 
 少女は願った。『少年と供に歩む未来が欲しい』と。
 
 そして、俺と秋姫は願った。『二人の未来に、祝福を―』
 
 星の花の輝きが、より一層強くなる。そこにあるもの全てを、花の光が埋め尽くす。不思議と眩しさを感じない。優しさに満ち溢れた光だ。
 やがて、星の花の輝きが治まった。少年たちに目を向けると、二人は、寄り添うように眠っていた。少女を見ると、青白くくすんでいた頬に赤みが差したように見える。願いは、叶ったのだろうか? いや。叶ったのだろう。少年と少女の浮かべる微笑が、その答えだ。
「すもも。それじゃあ、最後に……」
「うん」
 秋姫は、レードルを取り出すと、少年と少女の頭を優しく撫でる。
「ごめんなさい。わたしたちのこと、忘れてください」
 すると、今度は、俺たちの周りに光が満ちる。元の世界に帰れるのだろう。
 俺と秋姫は、そっと目をつぶった。
 
 ありがとう―
 
 そんな少女の声が聞こえたような気がした。
 
 ――――――――――
 
 目を開けると、虹の光に包まれる前の風景に戻っていた。目の前に虹のしずくが浮かんでいる。隣には、秋姫の姿もある。無事に戻ることが出来たようだ。お互い、無言で微笑み合う。今は、それだけで十分だ。
 ふと、足元に、虹のしずくではない光が目に入った。
「ユキちゃん! 足元!」
 秋姫も気付いたのか、声を上げる。
「うん。これ……」
 そこには、星の形をした種が一粒。間違いない。星の種だ。空を見上げると、満天の星空。目の前には、虹のしずく。条件は、揃った。
 秋姫が、虹のしずくにレードルを向ける。今度は、動かずにじっとしている。
 
 プルヴ・ラディ
 
 秋姫は、今日、二度目になるその言葉を口にする。今まで、何度も聞いてきた言葉だが、なんだか、今までで、最も想いが込められているような気がした。
 秋姫は、すくったしずくを星の種に降りかける。種は、見る間に蕾を付けると、やがて、星の花を咲かせた。花の光は、優しく俺を包み込む。
 秋姫が、星の花に願う。
「ユキちゃんを……ユキちゃんを、助けてください!」
「すもも……」
 秋姫の言葉には、誰よりも強い願いが込められていた。そんな秋姫の想いに、俺は、一瞬願うことを忘れる。もしかしたら、俺自身よりも、俺のことを心配してくれているのかもしれない……
 星の花の光が輝きを増し、俺の全てを包み込む。まるで、秋姫の胸の中にいるような錯覚に陥る。俺は、光に身をゆだねると、そっと目をつぶった。
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第10回「さかないの?」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第10回 「さかないの?」
 
 
 星の花が、その花を咲かせようとした瞬間、突然、星空に雲がかかり始めた。星の花は、時間を止めたように、蕾のまま花を開こうとしない。
 すぐに、雨が降り始めた。降り出した雨は、雷雨となり少年たちの体を濡らす。少年は、蕾のままの花を掴むと、少女を連れて、雨宿りが出来そうな場所を探す。すぐ側に、緑の生い茂る大きな木が見つかった。少年たちは、その下に身を潜める。
「きっと、通り雨だから、すぐに止むよ。少し待とう」
 少年の言葉が、不安げな少女の心を励ます。
 しかし、雨が止む気配は、一向に訪れない。そろそろ一時間を過ぎる頃だろうか。
 何かに気付いたのか、秋姫が、目を見開く。
「ユキちゃん! 星の花が!」
 秋姫の指差す先を見ると、花を咲かせる前の蕾が枯れ始めている。
 ふと、少年の言葉を思い出した。
 
 『星の種はね。たくさんの星の下で、花を咲かせるんだって』
 
「もしかして、星が見えないと、花が咲かない? それどころか、そのまま枯れてしまう!?」
 少年たちも、花の様子に気付いたのか、慌て始めたようだ。
 しかし、降り出した雨は、止むどころか、強さを増しているようにすら感じる。
 早く、星が見える場所へ行かなければ…………ん? 星が見える場所?
「すもも!」
「うん!」
 どうやら、秋姫も気付いたようだ。
「プラネタリウム!」
 秋姫と声が揃う。本当の星の光ではないかもしれないが、今は、それにかけるしかない。
「でも、どうやって、あそこまであの二人を連れて行くの?」
「うん。それはね……」
 題して、
 
 『星の花★大作戦!パート2〜時間ひつじがこんにちは〜』(命名:秋姫すもも)
 
 ……秋姫のネーミングセンスは、破滅的だった。
 
 ――――――――――
 
 俺を抱えた秋姫が、少年たちの前に降り立つ。少年たちが、俺の姿に気付く。
「昨日のぬいぐるみ?」
 少年たちは、宙を浮いている(ように見える)俺の姿を、訝しげに見守る。
 俺が、プラネタリウムの方向を指差すと、秋姫が動き出す。ウサギのように跳ね回る姿を演出しながら、ジグザクに走り抜ける。
 俺は、抱いて走るだけでいいと思ったのだが、どうも秋姫のこだわりらしい。
 少女が、少年の袖を引くと、俺の方を指差す。
「……ついていくか?」
 少女が、うなずく。
 少年たちがついてくるのを確認すると、
 
 ヴィム・コミティ・アクア
 
 秋姫の言葉が、少年たちを淡い光で包み込む。これで、雨に濡れることもないだろう。
 次々に起こる不思議な体験に、少年は戸惑いを隠せないようだが、少女の方は、楽しんでいるかのように見える。
 やがて、プラネタリウムに辿り着く。秋姫は、壁をすり抜けていくが、
 
 ゴン!
 
 当然、俺は、壁に頭をぶつけることになった。
「っ! ごめんなさい! ユキちゃん」
「あ……ああ……だい、じょう、ぶ」
 この世界で実体のない秋姫は、壁を通り抜けるのに慣れてしまったようだ。
 
 プログリーディア
 
 以前、プラネタリウムに入ったときに使ったその言葉で、秋姫が道を作る。
 俺は、少年たちに手招きをしながら、壁の中へと消えていった。
 
 ――――――――――
 
 プラネタリウムの中は、闇に包まれていた。視覚の失われたその空間で、秋姫の手の温もりだけが、俺の存在を確かなものとしている。
 
 ルーチェ・ルヴィ・アヴィス
 
 秋姫の魔法が、辺りを照らし出す。
「すもも。あの星を映す機械、動かさないと」
「うん」
 秋姫は、俺を抱えて投影機の制御室を探し始める。奥へ進むと、それらしき部屋が見えた。中に入ると、たくさんのモニターとスイッチが見える。
「ユキちゃん。わかる?」
「うーん。これかな?」
 手始めに、『ON/OFF』と書かれたスイッチを入れてみる。すると、機械の動作音が響き始めた。モニターに電源が入り、投影室が映し出された。その中心に、少年と少女の姿が見える。どうやら、中に入れたようだ。少年は、星の花を部屋の中心に置くと、星を映し出す丸い天井を見上げる。少女も、それに倣う。
「それじゃあ」
「うん」
 俺は、『再生』とあるボタンを押した。
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第09回「ほしぞらのしたで……」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第09回 「ほしぞらのしたで……」
 
 
 次の日の朝、昨日の少年が病室を訪れたのは、まだ、朝日の香りが残る、冷たい空気が立ち込める時間だった。昨日の発作の話を聞いたのか、少年は、ノックもせずに病室に飛び込んできた。少女は、深い眠りに就いているのか、勢いよく開いたドアの音に気付くことなく、眠り続けている。昨晩の薬が抜けていないのかもしれない。
 少年は、少女が寝ていることに気付くと、そっと近づいて顔を覗き込んだ。静かに寝息を立てる少女の様子に安心したのか、少年は、安堵の表情を浮かべる。少年は、目を閉じて少女の手を握り、ホッと溜め息を漏らした。
 
 ……よし、今だ!
 
 俺は、窓から吹き込む風にまぎれて、用意しておいたメモを、音を立てて床に落とした。
「……?」
 落ちたメモに気付いた少年は、それを拾い上げる。
「何だ、これ?」
 少年は、メモを拾い、読み始める。そのメモには、たったの一行。
 
 『今夜、私をあの高台に連れて行ってください』
 
 それだけが書かれていた。
 
 『星の花★大作戦!〜手紙で咲かせる愛の花〜』(命名:秋姫すもも) 任務……完了―
 
 ……この作戦名、微妙に語呂が悪いかもしれない。
 
 ――――――――――
 
 その後、少年は、少女の目覚めを待ち、少し話し込んだ後、「それじゃあ、今晩また来るから」と言葉を残して病室を後にした。
 少女は、「また来る」という少年の言葉に、少し不思議そうな顔をしていたが、やはり嬉しいのか、笑顔で見送った。
 
 ――――――――――
 
 夜になった。今日は、急患も無いのか、病院全体がひっそりと静まり返っている。窓の外には、薄暗い雲がかかっているものの、美しい星空が広がっている。
 
 コンコン
 
 控えめなノックの音が聞こえると、少年が入ってくる。少女は、少し眠いのか、微笑を浮かべつつも、うとうとしている。
「眠たい?」
 少年の問いに、首を振る少女。
「それじゃあ、行こうか」
 そういうと、少年は少女に背中を向ける。少女は、抱きつくように飛び乗った。
「おっと!」
 少年は、少しバランスを崩したが、すぐに立て直す。
「よし。しっかり掴まってるんだぞ」
 少年は、少女を背負ったまま、そっと扉を開ける。廊下に誰もいないことを確認すると、始めの一歩を踏み出した。目指すは、窓から見えるあの高台だ。
 俺と秋姫も、すぐに後を追い始めた。
 
 ――――――――――
 
 少年は、高台への道を辿る。空を指差しながら少女に話しかけているようだ。星の話でもしているのだろうか?
 ふと、少年が立ち止まる。右へ行くか、左へ行くか迷っているようだ。
 すると、秋姫の指輪が光り出す。
「あ……」
 この世界でも、指輪の力は有効らしい。
 空にかかる光の線路は、左の道を辿り、目指す高台へと続いている。少年たちにも見えるのか、左の道を歩いていくことに決めたようだ。
 しばらく歩くと、上り坂に差し掛かる。ここから高台まで一直線。しかし、少女を背負ってここまで歩いてきた少年には厳しいのか、足を止めて行く先を見つめている。
 立ち止まる少年に、少女が、頬を摺り寄せる。少年は、少し戸惑いつつも、優しくそれを受け入れた。しばし寄り添う二人の影。やがて、どちらからともなく、口唇と口唇が触れ合った―
 俺と秋姫は、慌てて目を逸らす。秋姫の頬が真っ赤に染まっている。自分たちがしているわけでもないのに、なんだか気恥ずかしい。
「ユキちゃん」
「っ! ん……な、なに? すもも」
 名前を呼ばれた俺は、意味もなく慌ててしまう。
「あ……うん……あのね」
 うつむく秋姫の姿に、胸が高鳴る。
「星の花。絶対に咲かせようね!」
「え?……あ……うん!」
 秋姫の言葉に、体全体から力が抜ける。俺は、何故だか物足りなり気持ちになり、溜め息を吐く。
 ふと、少年たちに視線を戻すと、少年が、少女を背中から降ろそうとしていた。
 少女が地面を踏みしめる。少年から手を離し、歩き出そうとする少女。小石に足を取られたか、少女の体が傾く。咄嗟に、少女の肩を抱きしめ、支える少年。
 二人は、微笑み合うと、手と手を繋いで歩き出した。少女は、少年に寄りかかるように歩く。少年たちは、ゆっくりと高台への道を進む。幸福への道と信じて、一歩一歩、歩み続ける。
 やがて、目的地が見えてきた。
 そこに浮かぶ虹のしずくは、二人の到着を歓迎するかのように、虹のゲートを作り出した。
 二人は、それを潜り抜けると、展望台の中心へと足を進める。二人の前で、虹のしずくが動きを止める。
 少女は、星の種が入ったビンを地面に置くと、両手を合わせる。少年も、それに倣い、手を合わせた。
「すもも」
「うん」
 秋姫は、虹のしずくを挟んで、少年たちの前に舞い降りる。虹のしずくは、すくわれるのを待つかのように、身動き一つすることはない。指輪からレードルを取り出し、虹のしずくに向けると、秋姫の言葉が、虹のかかる星空にこだまする。
 
 プルヴ・ラディ
 
 虹のしずくがレードルに吸い寄せられる。秋姫は、すくったしずくを、そっとビンの中に注ぎ込む。虹のしずくで満たされた星の種が光を帯び始める。瞬く間に、根を張り、茎を伸ばし、一厘の蕾を付ける。
 星の花が、その花を咲かせようとしている。
 四人が同時に息を呑む。
 
 星の花が―
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第08回「ここはどこ?」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第08回 「ここはどこ?」
 
 
 気が付くと、誰かの腕の中にいた。俺を抱えるその腕は、秋姫の手の平よりも大きく、秋姫の腕よりも力強い。
(あれ? 秋姫じゃない?)
 そっと、見上げると、俺を抱えているのは、中学生くらいの少年だった。真っ白なTシャツに野球帽を被っている。少し日に焼けた肌が健康的だ。
 俺を抱えた少年は、どこかに向かって走り続ける。少年は、速度を落すことなく、風とともに走り抜けていく。
(ところで、何で俺はこの男の子に抱かれているんだろう?)
 自問してみるが、わかるはずもない。
(仕様がない。しばらく大人しくしてるか……)
 俺は、諦めて力を抜くことにした。
 しばらく走ると、少年が速度を落とす。目線だけ動かすと、大きな建物が見えた。
(ここは……さっきの病院?)
 少年は、息を整えると、足早に中へと入っていった。
 
 ――――――――――
 
 少年は、迷うことなく歩き続ける。かなり奥の方まで歩いてきた。心なしか、廊下の雰囲気が変わってきたような気がする。なんだか、空気が重たく感じられる。
 ふと、少年が立ち止まる。
 
 コンコン
 
 静まり返った廊下に、ノックの音が響き渡る。中からの返事は無い。
「入るよ?」
 そういうと、少年は、返事を待たずにドアを開けて中に入る。
 扉を開けると、ベッドから体を起こしてこちらの様子を窺う少女の姿が見えた。少年よりは年下だろうか? ベッドにまで届く長く癖のない黒髪が美しい。
 少年の姿に、少女は儚げな微笑を浮かべる。ふと、ベッドの横に目を向けると、少女の姉だろうか。もう一人、少女の姿が見える。
(……って)
「すもも!?」と叫びそうになるのを、寸での所で抑えた。しかし、
「ユキちゃん!?」
 秋姫は、思いっきり叫んでいた。
 しかし、少年は、何も聞こえなかったかのように、少女のそばへと歩いていく。
「あのね。今日は、プレゼントがあるんだ」
 と、少年は、俺を差し出した。
(……!!)×2
 どうやら俺は、この少女へのプレゼントつもりで拾われたらしい。少女は、俺を受け取ると、不思議そうな顔をして、じーーーっと俺の瞳を見つめ始める。
(ヤバッ! バレる!)
 俺は、冷や汗をかきながらも、ぬいぐるみのふりをする。
「それ、さっき、UFOキャッチャーで取ったんだ。気に入って貰えたかな?」
 気を失っている間、俺は、UFOキャッチャーの景品だったらしい。俺の身に、何があったのだろう?
 少女は、「気のせいかな?」という顔をすると、俺を枕元に座らせた。少女は、微笑みながら少年に頭を下げる。どうやら、気に入られたらしい。
 そんな少女の微笑みに、少年は、ホッと溜め息を吐く。気に入って貰えるか、心配だったのだろう。
「あ! それから、もう一つ……」
 少年は、思い出したようにポケットを探ると、小さなビンを取り出した。ビンの中に、何か見える。小さくてハッキリとはわからないが、星の形をしているようだ。
「これはね。『星の種』っていうんだって」
(ユキちゃん!)
(うん……)
 星の種という言葉に、俺と秋姫が顔を見合わせる。
「星の種はね。たくさんの星の下で、花を咲かせるんだって。それでね。その花が咲いた時、一つだけ願いを叶えてくれるんだって」
 少年は、窓の外を指差しながら、少女に話しかける。少年の指差す方向に目を向けると、高台のある、あの丘が見えた。どうやら、『星が見える丘』とは、あの高台のことらしい。
「だからね。今度二人で、あの高台に行こう。そこに種を植えて、花を咲かせよう。そして、病気が治るように、お願いしよう……」
 少女は、種の入ったビンを受け取ると、少年の言葉に頷いた。
 少年は、その後も、しばらくの間、少女に話しかけ続けた。日が暮れる頃になると、「それじゃあ」と病室を後にした。
 少年の居なくなった病室で、少女は、種の入ったビンを眺め続ける。その表情に宿るのは、微笑みと諦めだった。
 
 ――――――――――
 
 少女が寝静まったのを確認すると、俺は、思いっきり伸びをした。長時間ぬいぐるみのふりを続けるのは、かなり辛い。
 体がほぐれてきたところで、しばらくどこかに行っていた秋姫に小声で話しかけた。
(すもも。どこに行ってたの?)
「うん。ユキちゃんは、みんなに見えるみたいだけど、わたしは違うみたいだったから、少し確かめてきたの」
 突然、秋姫が俺の頭を撫で始める。
(??? どうしたの? すもも)
「ユキちゃんは、触れるんだ……あのね。わたし、この世界のものに、触ることが出来ないみたいなの。壁も通れるし……声も聞こえないみたい」
 そういえば、病室に入ってきたとき、秋姫の声は、少年と少女に聞こえていないようだった。
「でも、ユキちゃんは触れるし、わたしの声も聞こえてるよね?」
(うん。ボクには見えてるよ)
 秋姫は、安心したのか、胸をなでおろす。
 しかし、問題は山積みだ。虹のしずくの光に飲み込まれて辿り着いたこの世界。一見、元いた世界と変わらないが、元の世界だとすると、秋姫が幽霊のようになっていることに理由が付かない。
 やはり、こんな時には……
(ねぇ、すもも。如月先生はいた?)
「うん。学園中探してみたんだけど……いないみたいだった」
(そう……どこか出張にでも行ってるのかな?)
「ううん。如月先生の部屋に行ったら、知らない先生がいたの。だから、この世界に如月先生は、いないんじゃないかな?」
(ちなみに、ナコちゃんと結城は?)
「うん。やっぱり、いないみたいだった。教室を見てみたけど、深道さんも小岩井さんも雨森さんも桜庭くんも麻宮くんたちも、みんな……」
 ということは、ここは、元の世界のようで、元の世界じゃないってことか……
「ねえ。ユキちゃん」
(ん?)
「わたしたちがこの世界に来たのって、さっきの種を育てるお手伝いをするためなんじゃないかな?」
(っ!?)
 そうか。星の花を咲かせるには、虹のしずくが必要だ。今、それが出来るのは、秋姫だけだ。
(うん。きっとそうだ!)
 俺たちがやらなければならないことが見えてきた。
 その時、突然、少女の顔が苦痛に歪む。少女の腕が、自分の胸を強く締め付けている。
 物音を聞きつけたのか、看護師が病室に入ってくる。少女の様子に、すぐに医師を呼び始める。医師が駆けつけると、少女の異常な様子に苦い顔をする。
「鎮静剤を……」
「はい!」
 少女の体には大きすぎる注射の針が、少女の細い血管に突き刺さる。小さな体には不釣合いな量の薬が流し込まれる。暴れる少女を押さえつける医師たちにも、焦りの表情が見える。
 少女は、しばらくの間暴れていたが、薬が効いてきたのか、少しずつ落ち着きを取り戻していった。少女の呼吸が、安らかになってくる。やがて、疲れたのか、眠りについたようだ。
 医師たちの間にも、安堵の溜め息が広がる。しかし、
「ふぅ……前回あったのは、確か、三日前だったか?」
「はい……そうですね」
 看護師が、カルテを見ながら答える。
「間隔が短過ぎる……このまま続くようだと……難しいかもしれんな」
 医師の言葉は、少女の先が長くないことを物語っていた。
 
 ――――――――――
 
 医師たちが病室を後にすると、静寂が戻ってきた。一時的に見せた少女の苦しみの表情も、今となっては夢のようだ。
 しかし、最後の医師の言葉が重く圧し掛かる。
「ねえ、すもも。こんなのはどうかな?」
「え?……………………うん!」
 秋姫は、俺の案に二つ返事で同意する。
 そして、明日の準備が始まった。題して、

 『星の花★大作戦!〜手紙で咲かせる愛の花〜』(命名:秋姫すもも)
 ……秋姫のネーミングセンスは、半端ではなかった。
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第07回「りべんじ」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第07回 「りべんじ」
 
 
 秋姫は、一旦家に戻ると、いつもの服に着替え、そのまま家を後にした。
 家を出たところで、指輪が光り始めた。方角は……やはり昨日の高台を示している。
「すもも。この光……」
「うん。きっと、昨日のしずくだよ!」
 暗くなった夜道を、指輪の光を頼りに走り抜ける。月と無数の星々が、俺たちの進む道を照らしだす。星空に吸い込まれていく風が追い風となって背中を押す。
 次第になないろの輝きがちらつき始める。虹のしずくだろうか?
「はぁ……はぁ……」
「すもも、大丈夫?」
 秋姫は、少し息が上がってきたようだ。
「うん……はぁ……まだまだ平気だよ」
 息切れはしているものの、秋姫の表情は、まるで疲れを感じさせない。
 高台に辿り着くと、虹のしずくは、俺たちを待っていたかのように、静にそこにあった。なないろの光を明滅させながら、ただ、そこに漂っている。
「すもも……動かないね」
「うん……」
 秋姫は、指輪からレードルを取り出すと、虹のしずくに先を向ける。
「このまま、すくえるかな?」
「うん……気をつけて……」
「プルヴ……きゃっ!」
 突然、目の前に虹が現れた。先ほどまでそこにあった虹のしずくは、すでに姿を消している。振り返った虹の先に、しずくの姿が見える。
「まさか、今の一瞬で移動したのか!?」
 秋姫は、もう一度、レードルをしずくに向ける。一歩踏み出したその瞬間、またも、目の前に虹が現れる。虹のしずくは、新しく出来た虹の先にたたずんでいる。こんなに素早いしずくは、見たことがない。
「すもも!」
「大丈夫。わたし、絶対にすくってみせるから!」
 そういうと、秋姫は虹のしずくに向かって、再びレードルを向ける。しかし、秋姫が近づこうとするたびに、虹のしずくは大きく移動する。秋姫の顔にも、次第に焦りの色が浮かんできた。
 俺は、虹のしずくの動きを観察する。
(始めは、後ろで、次は、あっち……その次は…………ん?)
 虹のしずくと秋姫の位置関係に気付く。秋姫は、元々いたところからほとんど動いていない。虹のしずくは、秋姫の周りを回っているだけのようだ。
「……?」
 虹のしずくが動いた軌跡に、なないろの虹が残る。虹のしずくの動きが速くなるに連れ、秋姫が虹に包まれていく。
「すもも! なんだか、様子がおかしい! 早くそこの虹から出て!!!」
「うん!」
 
 ゴツン!
 
「あうっ!」
 秋姫は、頭をぶつけたのか、鈍い音がした。
「痛っ……あれ? う〜〜〜ん……ユキちゃん! この虹、光じゃない! 壁になってて進めない!」
「えっ!?」
 その時、秋姫を包むなないろの光が、一際輝きを増した。
「きゃぁ〜!」
「うわぁ〜!」
 余りの眩しさに目をつぶる。
「すもも〜〜〜!!!」
 俺は、迷わず光の中へと飛び込んでいった。
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第06回「すもものなみだ」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第06回 「すもものなみだ」
 
 
 部屋を出ると、秋姫は、鞄を取りに、一度教室に向かった。
 そろそろ夕暮れが近いのか、窓から差し込む光が赤みを帯び始めている。秋姫は、教室に入ると、自分の鞄を取り、すぐに踵を返す。
 教室を出ようとしたところで、秋姫の足が止まる。何か気になるのか、秋姫は、どこかを見つめているようだ。
「すもも? どうしたの?」
「あ……ううん。なんでもないの。ねえ、ユキちゃん。少し、温室に寄ってもいいかな?」
「うん。いいけど」
 俺がそう答えると、秋姫が歩き出す。秋姫の視線の先に何があったのか……結局、俺にはわからなかった。
 
 ――――――――――
 
 温室に着くと、辺りは、もう夕焼け色に染まっていた。柔らかな赤い光りが立ち込める中、秋姫は、奥の花壇へと向かう。昨日、気になると言っていたところに行くのだろう。
 秋姫が花壇に座り込むと、腕の中の俺に話しかける。
「ねぇ。ユキちゃん。ユキちゃんの国には、こういうお花って、あるのかな?」
「ん? ボクの国の花?」
 ぬいぐるみの国の花か……考えたこともなかったな……
「そうだね。ここにあるような花、たくさんあるよ」
 俺は、秋姫に話を合わせてみる。
「うわぁ! そうなんだ……でも、こんなに大きなお花がたくさん咲いてたら、ユキちゃんたち、歩けなくなったりしないのかな?」
 う゛っ……秋姫が、いつになく鋭い……
「え〜っと……ボクたち、普段は花の上を移動するんだ。ピョンピョンってね」
 慌てて言い繕い、秋姫に微笑かけてみる。秋姫を見上げると、瞳がうるうると星のように輝いている。もしかして、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
「ユキちゃんたち、お花の上を歩けるの!? すご〜い! 妖精さんみたい。ねぇ。ユキちゃん……」
 秋姫の期待に満ちた瞳が、見せて見せてと物語る。やはり、答えを間違えたらしい。
「ええ〜〜っとぉ〜〜……ボクたちの国のお花はね。ここのお花と違って、もっと茎が太くて、丈夫に出来てるんだ。だから、ここでは難しいかな。それに、せっかくすももが育てた花を折っちゃたりしたら大変だし……あははは……」
 そういって、乾いた笑い声をあげる。
「そっか……それじゃあ、しょうがないね……」
 秋姫の残念そうな声に心が痛む。
(ごめん。秋姫。俺には……無理)
 すると、突然、秋姫が立ち上がる。
「あ! ユキちゃん! いいもの見せてあげる」
 秋姫は、俺を抱え直すと、どこかに走り出した。
「え? ええ!?」
 と思うと、すぐに止まった。
「うわぁ! って、すもも? どうしたの?」
「ユキちゃん……」
 突然うつむく秋姫。
「あれ? どうしたの? すもも?」
 秋姫は、ゆっくり顔を上げると、
「……やっぱり、秘密♪」
 悪戯っ子のような微笑を浮かべる秋姫。
「ゑ?」
「うん。ヒ・ミ・ツ♪」
「えぇ〜っ!」
「だぁ〜め! ユキちゃんだって、見せてくれなかったじゃない」
「あ……う……」
 そういわれると、反論出来ない……
「うん。お相子だよ。それじゃあ、ユキちゃん。そろそろ、帰ろう」
(ごめんね、ユキちゃん。石蕗くんとの、大切な秘密にしたいから……)
「ん? すもも? 何か言った?」
「ううん。なんでもない」
 いつにない、秋姫の勢いに押され、温室を後にする。
 それにしても、秋姫は、何を見せたかったのだろう?
 
 ――――――――――
 
 帰り道、ふと、八重野がいないことに思い当る。
「そういえば、ナコちゃん見かけなかったけど、どうしたの?」
「今日は、お稽古の日だったみたい。先に帰ったよ」
「そう。それじゃあ、このまま帰ろうか」
「あ……うん……」
 何か気になることでもあるのか、秋姫が答えに詰まる。
「すもも? どこか寄りたいところでもあるの?」
「あ……うん……ユキちゃん。遠回りになるけど、寄り道してもいいかな?」
「うん。ボクはかまわないよ」
「ありがとう」
 秋姫は微笑むと、俺を左手に抱えて、帰り道とは逆の方向に歩き出す。
 少し歩くと、子供たちの笑い声とすれ違う。あの子たちは、家に帰るのだろう。
 見上げると、秋姫の思い詰めたような表情が飛び込んでくる。
「ねぇ、すもも。どこへ行くつもりなの?」
「……えっとね。病院」
「えっ!? すもも、もしかして昨日の風邪、治ってなかったの?」
「ううん。わたしは大丈夫。……きっと、ユキちゃんのおかげだよ」
 俺のおかげ?
「すもも? ボクは、なにもしてないよ?」
「そんなことないよ。昨日ね。とっても安心して眠れたの。わたしの手を握ってくれてたの、ユキちゃんだったんだよね?」
「あ……うん……」
 俺を抱える秋姫の腕に、少し力が加わる。秋姫の体温が、より近くに感じられた。
 夕暮れの風が、火照る頬を撫でていった。
 
 ――――――――――
 
 秋姫が足を止める。目の前に建つのは、星ヶ丘総合病院。この辺りでは、一番大きな病院だ。
「石蕗くん……」
 ふいに、秋姫が俺の名前を呼ぶ。
(そうか……秋姫、俺のこと気にしてくれてたんだ……)
 秋姫の気持ちは、素直に嬉しいと感じられた。しかし、秋姫の捜す『石蕗正晴』はここにはいない。だから俺は、こんなことしか言うことが出来なかった。
「ねぇ。すもも。今日はもう、診察終わってるよ。お……石蕗君も朝から来てるはずだし、もう帰ってるんじゃないかな?」
「うん。そうだよね。わたしもそう思う……うん……でもね……」
 頭の上に、温かいしずく降り注ぎ始めた。
「わたしが倒れなければ、石蕗くんは怪我しなかったの……わたしが風邪をひかなければ、今日も一緒に笑えたの……だから……だから、一言謝りたくて……でもわたし、石蕗くんに会うのが怖いの。嫌われていたらどうしよう?って考えると、すごく怖いの……本当は、石蕗くんの部屋を訪ねればいいってわかってる……でも、怖いの……でも、一目でいいの……石蕗くんに……」
「すもも……」
 俺は、秋姫の体をよじ登る。秋姫の頭の上に乗ると、頭を撫でながら、そっと囁いた。
「すもも。石蕗君は、すもものこと嫌ってなんかないよ。だって、石蕗君は、すももを助けてくれたんだよ。自分が助けようと思った人が無事なら、それでいいと思うんじゃないかな?」
「でも、石蕗くん、わたしがいなければ、痛い思いすることも、病院にくることもなかったんだよ!」
「…………ねえ。すもも……石蕗君は……石蕗君って、そんなことで人を嫌いになるような人なの?」
 秋姫が息を呑む。
「…………ううん。石蕗くんは、そんな人じゃない……」
「そう……それなら、きっとそうなんだよ。ほら。涙を拭いて」
「うん……ありがとう、ユキちゃん」
 秋姫の瞳は、涙で赤くなっていたけれど、俺に向けるその笑顔は、雲が晴れた空のように輝いていた。
「ありがとう。ユキちゃん。わたし、石蕗くんに、謝ってくる」
「うん」
(って、すもも、今から寮に行くつもりか!?)
 慌てる俺だったが、何故か、秋姫も驚いたような表情をしている。
「あっ! もうこんな時間! そろそろ、昨日、しずくを取りに行った時間だよ。ユキちゃん。行こう!」
「ん……ああ……でも……」
「石蕗くんに謝ることは、明日でも出来るけど……でも、ユキちゃんの病気を治すことは、今しか出来ないんだよ。それに、ユキちゃんがいなければ、わたし、石蕗くんのところに行こうなんて思わなかったから……」
「すもも……ありがとう」
「ううん。わたしの方こそ、ありがとう」
 そして俺たちは、虹のしずくを求めて高台へと向かうのだった。
 秋姫の浮かべる微笑が、しばらく頭を離れなかった。
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第05回「ほしのはな」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第05回 「ほしのはな」
 
 
 昼休みになると、結城は、険しい顔をしながら秋姫の席にやってきた。
「秋姫さん。鞄の中のひつじのぬいぐるみ。少し、貸していただけますか?」
「え? ユキちゃんを? えっと……」
 秋姫は、鞄を開け、俺に耳打ちをする。
「(結城さんが、ユキちゃんに用事があるみたいだけど……いい?)」
「(うん)」
 今朝の結城の様子が気になっていた俺は、迷わずに頷いた。すると、秋姫は、俺を結城に差し出す。
「はい」
「ありがとうございます。すぐにお返しします」
 結城は、俺を抱くと、そのまま教室を後にする。如月先生の所かな?
 
 ――――――――――
 
「如月先生」
 ノックも無しに、結城が部屋に入る。
「うわぁ〜! って、結城さん? ノックぐらいしてくださいよ……」
「それどころではありません。これを……」
 と、俺を差し出す結城。俺は、これ扱いか……
「っ! つ、石蕗君!?」
 如月先生の顔色が変わる。驚かれるようなことをした覚えはないのだが……
「あの……結城も如月先生も、突然どうしたんですか?」
「石蕗君。昨日の夜から、このままなのですか?」
「はい。そうですけど。でも、満月の日は一日このままですよ。いつものことじゃないですか」
「満月は、明日です」
 俺は、結城の言葉を理解するのに、数秒かかった。
「…………明日?……えと……なんでボクは、今日、このままなんですか?」
「そうですね……昨日の今日ですから……今のあなたの体が、元の体に戻るのを拒否しているのかもしれません」
「……はあ」
 思わず、間の抜けた返事をしてしまう。
「……でも、ボク、元に戻りたくないなんて思ってませんよ?」
「そうですね。戻りたくないのは、『心』ではなく『体』でしょうから……」
「ようするに、あなたの『本当の体』が危険な状態にあるということです」
 しびれを切らした結城が、口を挟む。危険って……
「えっと……それって、元の姿に戻ったら、ものすごーーーく痛いってこと?」
「そうね。運が良ければ、痛いだけでしょう。でも、あなたの様子からすると……死んでしまうかもしれないわ」
 死ぬ?
「石蕗君、よく聴いてください。死ぬと決まった訳ではありません。現にあなたは生きて喋っていますし、まだ大丈夫です。ただ、余りいい状況ではないことも確かです」
 結城が、如月先生の言葉にうなずく。
「まず、元の体がどうなっているか調べる必要があります。えーっと、調べるには、星のしずくが必要ですね。石蕗君。秋姫さんに……」
 如月先生の言葉をさえぎるように、結城が、小さな瓶を差し出す。
「結城、それ……」
「結城さん。いいんですか?」
「かまいません。別に使い道があるわけでもありませんから」
「ありがとうございます。結城さん。では、ほんの少しだけお借りします」
 そういうと、如月先生は、薬を作り始めた。俺は、結城に向き直り、
「結城。ありがとう」
「いいえ。大したことではありません」
 お礼を言われるのに慣れていないのか、結城は、目を逸らしながら答える。
(ありがとう)
 俺は、心の中で、もう一度呟いた。
 
 ――――――――――
 
 しばらく待つと、如月先生が戻ってくる。手には、緑色の湯気が立ち上る湯飲みが見える。
「お待たせしました。石蕗君。これを飲んでみてください」
 如月先生の微笑みが、悪魔の微笑みに見える。
「あの……如月先生……なんか、湯気の色がおかしい気が……」
「え? そうですか? う〜ん。普通だと思いますが……」
 いいえ。色が付いた湯気なんて見たことありません。
「まあまあ、そう言わずに。ささ。ぐいっと」
 如月先生に湯飲みを押し付けられる。中を覗いてみると、以外にも透明だった。匂いもないようだ。
 俺は、意を決して口をつけると、一気に飲み干した。
「んく……んく…………ふぅ……」
「石蕗くん。どうですか?」
「はい……ぁ……ァレ?」
 突然、意識が遠くなった。
 
 ――――――――――
 
「ユキちゃん! ユキちゃん!」
「ん……あれ? すもも?」
 目を覚ますと、ベッドの上に横たわっていた。秋姫が、心配そうに俺を覗き込んでいる。
「ユキちゃん! よかった……」
 秋姫に抱きかかえられる。薬を飲んだところまでは覚えているのだが……
「薬を飲んだとたんに倒れたのよ。そうとう酷いようね」
 やはり、緑色の湯気は、まずかったのだろうか?
「いいえ。薬自体は、無害よ」
 ということは……
「はい……ハッキリ言って、芳しくありません。いきなり倒れるとは思いませんでした。このままだと、少しまずいですね……」
「ユキちゃん、どうかしたんですか?」
 秋姫が、心配そうな声を上げる。
「あ。えっと……ね。ボク、ぬいぐるみの国にしばらく帰ってないから、ちょっと調子が悪いというか……」
 俺の作り話に、如月先生が合わせる。
「ユキちゃんはですね。余り長く国を離れすぎると、ぬいぐるみの国特有の病気になってしまうんですよ。今はまだ、足音が一つ多く聞こえる程度のようですが、そのうち枕元に人が立っているように感じたり、耳元で永遠と謝罪の言葉を繰り返されたり、血管から蛆が沸いてくる気がするようになり、最後には自分の首を掻き毟って死んでしまうんです! 嗚呼!! なんてかわいそうなユキちゃん!!!」
 
 カナカナカナカナ―
 
「……」
「……」
「……ひっ」
 秋姫だけは信じているのか、少し怯えた様子を見せている。
「はぁ……そうだったんですか……って、何の話ですか!!!」
「あははは。すみません」
 ハァ……俺が、大きな溜め息を吐くと、如月先生が、真面目な顔に戻って話を続ける。
「ゴホン。そうですね。このままにしておくと、ずっと眠ったままになってしまう可能性が高いと言わざるを得ません」
「眠ったまま……ですか?」
「はい。人間で言う、植物人間……ユキちゃんの場合は、本当にぬいぐるみになってしまうと言った方がわかりやすいでしょうか」
 元の姿に戻ると、本当に死んでしまうから、戻らないで眠りにつくということか……
「あの……どうすれば、ユキちゃんは助かるんですか?」
 先ほどの如月先生の言葉のままにはならないとわかって気を取り直したのか、今度は、秋姫が問いかける。
「そうですね……星のしずくが7つあれば、薬を作ることも出来るんですが……まだ、集まってませんよね……」
 仮に集まっていたとしても、元の姿に戻るのに、もう一度、一からやり直しになってしまう。
「他には、『星の花』があれば、何とかなるのですが……」
 星の花? 初めて聞く名前だ。
「すもも。星の花なんていう花があるの?」
「うーん。星の形をしたお花なら、いくつかあるけど……星の花っていう名前のお花は、聞いたこと無いかも……」
「そうですね。星の花は、レトロシェーナの花ではありません。フィグラーレから降り注いだ『星の種』に『虹のしずく』を与えると咲く、非常に珍しい花なんです」
 星の種に、虹のしずく? これも、初めて聞く名前だ。でも、虹のしずくか……もしかすると、昨日見た、あのしずくのことだろうか?
「あの、その虹のしずくって、動くと虹が出来たりする星のしずくのことですか?」
「え……あ、はい。そうです。よく知っていましたね」
「ええ。昨日、星のしずくをすくいに行った時に見たんです」
 如月先生と結城が顔を見合わせる。
「それで、その虹のしずく、どうしたんですか?」
「えっと……」
 しまった! 秋姫……
「ごめんなさい! わたし、すくうの失敗して……」
「すもも……ほら、昨日は、熱があったんだし、仕方ないよ」
 秋姫は、俺の言葉にも肩を落としたままだ。すると、今度は結城が秋姫に声をかける。
「秋姫さん。心配要りません。虹のしずくは、星のしずくと違って、数時間で消えたりしません。次の満月の日が終わるまでなら、また現れます。昨日、消えたように見えたのは、しずくが光るのを止めただけだったのではなくて?」
 そういえば、帰り際に、少し光ったような気がしたのを思い出した。
「そうですね。恐らく、昨日と同じくらいの時間にその場所に行けば、今夜も現れるでしょう」
「ユキちゃん! わたし、今日こそがんばるよ!」
 如月先生と結城の言葉に希望を見出したか、秋姫が、「がんばる」と繰り返す。
 あれ? でも……
「あの……虹のしずくはいいですけど、星の種って……」
「ああ。種の方ですか? 星の種は、虹のしずくと一緒に降り注ぎます。虹のしずくに反応して光るはずですから、近くを探せば見つかると思いますよ」
 どうやら、探すのは難しくないようだ。
「それでは、秋姫さん。ユキちゃん。頑張ってください」
「はい!」
 秋姫は、俺を抱きかかえると、如月先生の部屋を後にした。
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第04回「ふたりといっぴき」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第04回 「ふたりといっぴき」
 
 
「ユキちゃん……」
「ん?」
 目が覚めると、目の前に秋姫の顔があった。窓から射す光りが眩しい。今は……朝!?
「あ……すも……じゃない、秋姫。 これはだな……えっと……」
「どうしたの? ユキちゃん? 『秋姫』なんて呼び方して?」
「……ゑ?」
 よく見ると、俺は、秋姫の手の中にいた。体を触ると、ぬいぐるみのままだ。昨日は、そのまま寝てしまったのか。変わっていない自分の体にホッとしたのは、初めてかもしれない。少し違和感があるが、今日は、満月だったようだ。
 
 スッ―
 
 襖が開く音が聞こえた。八重野が顔を覗かせる。
「すもも。おはよう。よく眠れた? あれ? ひつじ君? 今日は、帰らなくてもいいの?」
 俺の姿に、八重野も少し驚いた顔を見せる。
「あ……ちょっと、すもものことが心配で……これから帰ろうかなと……」
「ユキちゃん、帰っちゃうの!?」
 秋姫は、とても寂しそうな瞳で見つめてくる。
「ひつじ君。よかったら、今日一日、すもものそばにいてあげてくれないかな?」
 八重野も、秋姫に加勢する。
「あの…………えーっと………はい……」
 特別、断る理由もないか。たまには、一日、秋姫のそばにいるのもいいかもしれない。
「わーい! 今日は、ユキちゃんと一緒だぁ♪」
 秋姫は、とても喜んでくれているようだ。……それなら、いいか。
「それで、すもも。気分はどう?」
 八重野が話を変えて、秋姫の体調を気遣う。
「うん。すっごくいいよ。もう大丈夫。ありがとう。ナコちゃん」
「そう。それならよかった。でも、今日は、休んだ方がいい。私は学校に行くけど、すももは、好きにして。歩けそうなら、帰ってもいいし、しばらくここにいてくれても構わない」
「待って! わたしも行く!」
 秋姫の声が響き渡る。
「すもも?」
「あ……あの……石蕗くん、わたしの所為で、怪我させちゃったし……どうしているか、心配だから……」
「それなら、私が聞いてすぐに連絡する」
「そうだよ、すもも。昨日、倒れたんだから、少し安静にしてないと」
「ううん。それはダメ。石蕗くんに、ちゃんと謝らなくちゃ……」
「でも……」
 『来てないと思うよ』と続けようとして、言葉を飲み込む。それじゃあ、俺が重症みたいじゃないか……
 言葉を詰まらせる俺に、秋姫が続ける。
「それにね。ユキちゃんがいれば、石蕗くんと、ちゃんとお話し出来る気がするの。……だからね。お願い。ユキちゃん!」
「あ……うん……」
 そんな秋姫の言葉に、俺と八重野はうなずくしかなかった。
 
 ――――――――――
 
 結局、俺たちは、三人で登校することになった。
 ちなみに、俺は、秋姫の鞄の中だ。鞄の隙間から吹き込む風と、差し込む朝日が心地いい。外を覗くと、いつもより目線の低い通学路が見える。全ての景色が大きく感じられる。そんな眺めも新鮮だ。
「ユキちゃん、大丈夫? 苦しくない?」
「うん。意外と居心地いいよ」
 少し狭いけれど、秋姫の歩くペースで揺れる鞄は、揺りかごのようだ。
 校門に着くと、見慣れた面々が、揃って手を振っている。
「スモモちゃん! 八重野さん!」
「おはよう!」
「おーはーよー」
「はよっす」
 深道、小岩井、雨森に圭介。いつもの面々だ。
「おはよう」
「おはよう」
 秋姫と八重野も、挨拶を返す。
「すももちゃん、体調はもういいの? 石蕗くんと一緒に階段から落ちたって聞いたけど……怪我とかない?」
 小岩井の心配そうな声が、鞄の中に木霊する。
「うん。わたしは、大丈夫……それより、石蕗くん、どうしてるか、わかるかな?」
 そんな秋姫の問いに、圭介が答える。
「ハルなー。昨日、オレたちも、保健室行ったんだけどさ。如月先生が、まだ寝てるからって、入れてくれなくて。夜、麻宮とあいつの部屋に行ってみたんだけど、返事が無くてさ。まあ、寝てただけだとは思うけど」
「そう……なんだ……」
「まあ、教室に行けば居るかもしれないし、とりあえず行ってみようぜ」
「そうだね。とりあえず、行ってみようよ」
 圭介と深道を先頭に、揃って教室に向かい、歩き始めた。
 
 ――――――――――
 
 教室に着くと、みんな一斉に教室を見渡す。当然、俺の姿は無い。
「あー。なんだ。秋姫さん。昨日の今日だし、少し遅れてるだけだよ。少し待とう」
「うん……ありがとう。桜庭くん」
(バカ圭介! スモモちゃん、元気無くなっちゃったじゃない!)
(そんなこといったって……)
(どうして、石蕗連れて一緒に来なかったのよ!)
(いやー。部屋には行ってみたんだよ。でも、やっぱり返事が無かったから……先に行ってるかなと……)
(はぁ……もういいわ)
 深道が、圭介を責める声が聞こえてくる。ごめん。圭介。
 そこへ、担任の教師が入ってきた。まだ、ホームルームが始まるには早い時間だが……
「少し早いが、みんな席に着け」
 思い思いに散っていたクラスメイト達が、一斉に席に着く。
「あー。知っている者もいると思うが、昨日、秋姫と石蕗が階段から落ちた」
 端的に事実のみを語る担任の言葉に、教室がざわめきだす。
「あー。静かに。それで、秋姫は来ているようだな。調子はどうだ?」
「あ……はい。わたしは、大丈夫です」
「そうか。それならよかった。もし、調子が悪くなったりしたら、遠慮なく言うように。他の先生達にも伝えてあるからな」
「はい。ありがとうございます。あの……それで、石蕗くんは……」
「ああ。如月先生から連絡があってな。昨日の時点では、特に異常は見られなかったそうだ。ただ、打ったのが頭だったようでな。念のため、今日は、精密検査を受けに病院に行くとのことだ」
 そういえば、俺、病院に行くことになってたんだな。明日、行っておいたほうがいいのだろうか? 後で如月先生に相談してみよう。
 ふと、秋姫の様子が気になり、鞄の中から顔を覗いてみる。昨日の時点で、俺に異常が無かったことを聞いて、少し安心したようではあるが、精密検査という言葉が重かったのか、表情は硬いままだ。
「(すもも)」
 秋姫に、小声で話しかける。
「(どうしたの? ユキちゃん?)」
「(石蕗くん。きっと、大丈夫だよ)」
 俺の言葉が意外だったのか、秋姫は、少し驚いた表情を見せると、
「(うん。ありがとう。ユキちゃん)」
 やわらかく微笑んでくれた。
 俺は、鞄の中に戻ると、もう一つの隙間から教室を見渡した。
 ふと、結城と目が合う。結城は、驚いたように目を円くしてこちらを見つめている。
「? 結城? ホームルーム中だぞ。何か見えるか?」
「あ……いえ。何でもありません。申し訳ありませんでした」
「余り、ボーっとするなよ。では、続けるが―」
 そんな結城の表情が気になった。
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第03回「すもものムチャ」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
 
第03回 「すもものムチャ」
 
 
 月明かりに照らされる展望台は、ひっそりと静まり返っていた。秋姫が来ているはずだが、物音一つ聞こえない。目を凝らして秋姫の姿を捜す。すると、微かに踊るような光が見えた。星のしずくだろうか?
 近づくと、光の中心に人影が見えてきた。どうやら秋姫のようだ。しかし、動く気配がない。
「すもも!」
 俺は、真っ直ぐに秋姫の下へと駆けつけた。秋姫は、うつぶせに倒れ、荒い呼吸を繰り返していた。
「すもも! すもも!」
「……ん……ユキ……ちゃん」
「すもも!……無理するから!」
 意識はあるようだが、明らかに先ほどよりも悪化している。早く帰って休ませなければ。
「ユキちゃん……待っててね……星のしずく、今、すくうから……」
「すもも! そんなのいいから!」
「ううん。良くないよ……」
 そういって立ち上がろうとする秋姫に反応したのか、星のしずくが動き出す。そのしずくは、普段のものとは違い、常になないろに輝いているのか、その軌跡に残る光が虹を作り出す。
 しずくを追う為か、秋姫は、しずくの方に体を向けると、もう一度立ち上がろうとするが、すぐに倒れてしまう。もう、立ち上がる力ですら残っていないようだ。
「すもも! お願いだから、動かないで!」
 いっそのこと、消えてしまえばいい……そうすれば、秋姫も大人しくしてくれるだろう。
 ふと願った俺の想いに答えるように、星のしずくが動きを止めると、そのまま姿を消していった。
「あ……」
 秋姫は、緊張の糸が切れたのか、地面に倒れ込む。
「すもも!」
 俺は、秋姫の肩を揺すりながら、秋姫の名前を呼び続ける。
 俺の声に反応はするものの、動く力は残っていないようだ。俺の力で秋姫を運ぶのは、到底不可能だ。
「ボク、ナコちゃん呼んで来るから、少し待ってて。いい? 動いちゃダメだよ」
 秋姫の返事を聞く前に、俺は八重野の家を目指す。
 秋姫を家まで連れて行く。そんなことすら出来ない、今の自分の体に苛立ちを覚えた。
 
 ――――――――――
 
 秋姫のことを話すと、八重野は、何も言わずに駆けつけてくれた。
「すもも! 大丈夫?」
「ナコ……ちゃん?」
「ほら。背中に乗って」
「……でも……」
「いいから、乗って!」
 八重野は、背中を向けて、少し強い口調で繰り返す。秋姫が、ビクリと体を強張らせる。
「すもも……ほら……」
「……うん……ごめんね。ナコちゃん……」
 秋姫が、八重野の背中に寄りかかる。
「すもも。私の家の方が近いから、とりあえず、そっちに行く。ひつじ君もいいね?」
「うん。お願い」
 俺の答えと同時に、八重野が歩き出す。俺も本に乗り、八重野に続く。
 微かになないろの輝きが見えたような気がした。
 
 ――――――――――
 
 八重野の家に着いた俺たちは、まず、秋姫を寝かせることにした。
「酷い熱……」
 八重野は、席を立つと、洗面器とタオルと氷を持って戻ってきた。
「すもも。今日は、家に泊まっていって。おじさんには連絡しておく」
「……うん。ごめんね。ナコちゃん」
 よほど疲れていたのか、秋姫は、苦しげな表情を浮かべながらも、すぐに寝息を立て始めた。
 八重野は、氷水で冷やしたタオルを秋姫の額に乗せると、俺に問いかけてきた。
「……ひつじ君。どうして、すももに無理させたの?」
「……うん。ごめんなさい。今日、すももの家に行くのが、少し遅れたんだ。着いた時には、もう居なくて……」
「……そう。それなら、ひつじ君が謝ることない。疑ってごめんなさい。それから、知らせてくれてありがとう」
「あ……うん……でも……やっぱり、ごめんなさい」
「……それじゃあ、今日は、ずっとすもものそばに居てあげてくれる?」
 そういって、八重野は、俺の頭を撫でる。
「……うん」
 俺が頷くと、八重野は微笑んで、そっと部屋を出て行った。
 秋姫と二人きりになった俺は、秋姫の顔を覗き込んでみる。かなり苦しそうだ。
 さっき、八重野が額に被せたタオルを触ってみると、すでに熱を持ち始めていた。俺は、タオルを取ると、氷水に浸す。
「っ! 冷たっ……」
 余りの冷たさに、手を引っ込める。
「八重野、こんなのに手を浸していたのか……」
 俺は、再び氷水に手を浸す。思ったように動かない、小さな自分の手足がもどかしい。それでも、なんとかタオルを絞ることが出来た。
 それを秋姫の額に乗せると、俺は、秋姫に囁きかける。
「すもも……お願いだから、頑張りすぎないで……すももが倒れるくらいなら、ボクは、このままでも……」
 俺の声が聞こえたのか、秋姫の小さな手が、何かを求め空をさまよう。俺は、熱を持ったその手を握り、早く良くなるようにと願うことしか出来なかった。
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第02回「たいへんたいへん」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜

第02回 「たいへんたいへん」


 気が付いて目に入ったのは、白い天井だった。保健室だろうか? 消毒液の臭いが鼻をつく。窓にはカーテンがかかっているが、日は沈んでいるのか、部屋の中は薄暗い。
 自分の手を見ると、ぬいぐるみの姿になっていた。軽く体を動かしてみる。少し背中が張っているような気もするが、特別痛いこともない。頭をさすっても、やはり痛みは感じられない。
「体、大丈夫なのかな……?」
 ホッとしたそのとき、ベッドの周りを覆っていたカーテンが開いた。隙間から、如月先生が顔を出す。
「石蕗君。起きましたか?」
「如月先生。あの……すももは?」
「え? ああ。はい。秋姫さんなら、八重野さんが連れて帰りました。怪我もありません。大丈夫ですよ」
 如月先生は、一瞬、不思議そうな顔をした後、何が可笑しいのか、笑いながら質問に答えた。
「えっ? 如月先生? 何が可笑しいんですか!?」
「あー。いやいや。ごめんごめん。だって、石蕗君、自分の前に、秋姫さんの事、聞いたりするから」
「…………」
 顔が熱を持ったのがわかる。
「こ……こんな時に、からかわないでください!」
 俺は、少しムキになって答えた。
「ははははは。まあ、落ち着いてください」
 如月先生は、ひとしきり笑い終えると、微笑みを残したまま、俺に話しかけてきた。
「それで、石蕗君。気分はどうですか? 頭をぶつけたようですが、痛かったり、気持ち悪かったりしませんか?」
 如月先生の問いに、俺は、ありのままを答える。
「はい。気分は悪くありません。痛みも、なんとなく背中が張っている気がする程度です」
「では、ぶつけたところが熱を持っているとか、体がだるかったりはしませんか?」
「はい。熱やだるさも感じません」
「そうですか……では、少し変な質問をしますが、念のためですので、怒らずに答えてください。まずは……ここがどこだかわかりますか?」
「えっと、学校の保健室ですよね?」
「はい。では、どうしてここにいるのか、わかりますか?」
「??? えっと……秋姫が、階段から落ちて……俺も一緒に落ちて……そのまま意識を失ったからだと思います」
「はい。正解です。うーんと、意識も記憶もしっかりしているようですね……ですが、痛みが無いのが気になりますね……本当は、今からでも病院に連れて行きたい所ですが……その姿では、仕方ないですね。明日の朝行って、精密検査を受けてきてください。担任の先生には、僕の方から話しておきますので。今日は、帰ってゆっくり休みなさい」
 そういうと、如月先生は、魔法の本を差し出す。
「はい。わかりました。えっと、俺の荷物は……」
「僕が預かっておきますので、ご心配なく」
「はい。お願いします。……と、ありがとうございました」
「はい。さようなら」
 俺は、本に乗ると、寮へと向かうのだった……
 
 ――――――――――
 
 目の前に秋姫の家がある。
「俺、寮に帰らなかったっけ?」
 頭を打った所為で、方向感覚がおかしくなってしまったのだろうか?
「違うな。すももが心配だっただけか……」
 そんな自分に戸惑いを覚えながら、秋姫の部屋に向かった。
 
 コンコン
 
 窓を叩いて中に入る。
「こんばんは……あれ?」
 部屋の窓は開いているが、すももの姿が見えない。帰りの様子からすると、ベッドで寝ていると思ったのだが……
「夕食でも食べているのかな?」
 辺りを見回すと、机の上にメモらしきものが見える。そこには……
 
 ――――――――――
 ユキちゃんへ
 
 指輪が光ったので、行ってきます。丘の上の展望台の方です。後から来てくれると嬉しいな。

すもも

 ――――――――――
 
「すもも……」
 少し歪んだ筆跡が、すももの体調を物語っている。俺は、本に乗ると、全速力で展望台へと向かうのだった。
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目次

ななついろ★ドロップス 短編
〜「さくらいろのほしぞらのしたで」〜
  ・「プロローグ」
  ・第01回「ずっといっしょ……」
  ・第02回「そのであいは、ゆうきのはじまり」
  ・第03回「なでしこのことば」
  ・第04回「わらいごえは、そらのかなた」
  ・第05回「ふたりのてのひら」
  ・第06回「ボクがきえるひ」
  ・第07回「にびいろのしずく」
  ・第08回「せいしろうとぼく」
  ・第09回「さくらいろのほしぞらのしたで」
  ・「エピローグ」
  ・あとがき

冗談企画
〜「オー!ユッキー」〜
  ・「オー!ユッキー その3」
  ・「オー!ユッキー その2」
  ・「オー!ユッキー その1」

ななついろ★ドロップス Short Story
〜「ユキちゃんの一日」〜
  ・「ユキちゃんの一日」
  ・「ユキちゃんの一日 その2」
  ・「ユキちゃんの一日 その3」
  ・「ユキちゃんの一日 その4」
  ・「ユキちゃんの一日 その5」
  ・「ユキちゃんの一日 その6」

ななついろ★ドロップス 短編
〜第5.5話「キミにむけるほほえみ」〜
  ・はじめに
  ・第01回「はじまり」
  ・第02回「たいへんたいへん」
  ・第03回「すもものムチャ」
  ・第04回「ふたりといっぴき」
  ・第05回「ほしのはな」
  ・第06回「すもものなみだ」
  ・第07回「りべんじ」
  ・第08回「ここはどこ?」
  ・第09回「ほしぞらのしたで……」
  ・第10回「さかないの?」
  ・第11回「みんなのねがい」
  ・最終回「キミにむけるほほえみ」
  ・あとがき